第1回 弦巻流「シェイクスピアの読み方」

ウィリアム・シェイクスピア。演劇をやっている人なら誰しも、演劇をやっていない人でもきっと知っているその名前。16〜17世紀にかけて活躍したイギリスの劇作家です。

彼が書いた有名作品は、たとえば『ロミオとジュリエット』、『マクベス』『ハムレット』、、、などなど。読んだこと観たことはなくても、一度は聞いたことのあるものばかりです。彼は演劇の神様とも呼ばれており、古典戯曲として世界各国で広く名が知れています。

ある人は「演劇をやっているのにシェイクスピアも読んだことないのか」と言いました。「シェイクスピアの面白さがわかって初めて本当の演劇人といえる」と言った人もいます。

しかし、正直なところ、シェイクスピアってなんだか難しい。何から読んだらいいのかわからないし、どう楽しんだらいいんだろう。そんなあなたのために、このシリーズではシェイクスピアの魅力と楽しみ方を紹介します。

寄稿してくださったのは 弦巻楽団 代表の弦巻啓太さん。札幌演劇シーズン2018-冬 でレパートリー作品として上演したシェイクスピアの研究をしている大学教授が主人公の『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』の作者であり、劇団の取り組みとして、シェイクスピア作品を上演するワークショップも行なっています。

全4回にわたって、あなたをシェイクスピアの世界へと誘います。どうぞ楽しくお読みください。

弦巻啓太(つるまき けいた)

弦巻楽団代表。脚本家、演出家。札幌生まれ札幌育ち。

高校時代より演劇を始める。卒業後、友人たちと劇団を結成。8年後独立。外部で脚本演出や、演技指導の講師を各地で始める。2006年より弦巻楽団として本格的に活動を開始。札幌劇場祭大賞をはじめ、数々の賞を受賞。2015年、日本演出者協会主催若手演出家コンクールにて最優秀賞を受賞。

近年は中学、高校への芸能鑑賞公演や、国内だけでなく海外での公演も行う。現在クラーク記念国際高校クリエイティブコース講師。また北海道演劇財団附属劇団札幌座のディレクターも務める。日本演出者協会協会員。

シェイクスピアについて語ろう

William Shakespeare(ウィリアム・シェイクスピア)

シェイクスピアに興味を持った人が、シェイクスピア作品に触れるに当たってガイドとなるような文章をお願いします、とd-SAPさんからお願いされて、簡単にオーケーしてから少し悩んでしまった。

そもそもd-SAPさんが自分を指名してきてくれたのは2018年2月に札幌演劇シーズン2018-冬のレパートリー作品として上演した『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』と言う舞台がシェイクスピアを題材としており(主人公の設定がシェイクスピアの研究をしている大学教授だった)、作中で随分シェイクスピア作品について言及し、あることないことこじつけしたり、こねくりまわしたり、おもちゃにしたりしていたからで、そしてその舞台が概ね好評で、シェイクスピアについて知らなくても楽しめる!との評価を多く頂いたからだ。

公演情報 弦巻楽団#29『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』

しかし、自分は専門家と言えるほどシェイクスピアの研究をしていたのでもなければ、昔からシェイクスピアにのめり込んでいたとも言えない。そんな自分が『シェイクスピア作品に触れるに当たってガイドとなる』ような文章を書いていいものだろうか?思わぬ森の奥深くへ迷い込ませてしまう恐れはないか?と、悩んでしまった訳だ。

しかし。まあ大いなる誤解があったにせよ、やってみよう。恥や無知ををさらすことになるかもしれないが、誰か一人くらい『シェイクスピア作品に触れるガイドとなる』ような無茶を犯すのも良いだろう。そうした人間がいたら、高校生の自分ももう少しシェイクスピアと仲良くできたかもしれない。シェイクスピアをこねくりまわしたり、おもちゃにしたりした自分だから書けるガイドにはなるだろう。

そう、こねくりまわしたり、おもちゃにしたりして「良い」存在だと言う地平まで読者の認識を引きずり下ろせたらそれで良いじゃないか。

 

締め切りに追われる神様

シェイクスピア。イギリスの劇作家。演劇の神様。たくさん名作と呼ばれる作品を書いた人。様々なイメージがあるだろう。ほんの少し、図書館で1、2冊彼についての書を手に取るだけで良い、調べてみると謎の多い人間であることがよく分かる。

1564年生まれ、1616年死去。ストラットフォードという地方に生まれ、ロンドンへ出る。下手くそな役者だったはずが、突如(少なくても残ってる資料によると)人気の劇作家となる。名作を短期間のうちに連発し、やがて引退。その作品はイギリスの王室を舞台にした歴史劇(『ヘンリー四世』『リチャード二世』…)、イタリアを舞台にした作品(『ロミオとジュリエット』『ヴェニスの商人』)、古代ローマを舞台にした作品(『コリオレイナス』『ジュリアス・シーザー』)、デンマーク(『ハムレット』)と舞台をあちこちとし、ジャンルが広いのはもちろんのこと、題材も幅広く、法律の専門知識や、王室の位の高い人間しか知り得ない礼儀や振る舞い、しきたりについても正確に描写している。

いったい彼は何者だったのか? 一介の田舎の人間になぜそんな幅広い知識があったのか。様々な業界の、それも世界のあちこちの。シェイクスピア自身は、生涯イギリスを出たことがなかったというのに…。

と言うミステリアスな謎、魅力に満ちた人物がシェイクスピアである。

幅広い知識や題材の種を明かせば、彼が生涯残した戯曲37作品のほとんどは(一説によると、『夏の夜の夢』以外のすべて! 弦巻註:公開時、誤って「お気に召すまま」を挙げてしまいました。訂正いたします。「お気に召すまま」には「ロザリンド」と言われる種本が存在します。)種本と呼ばれる『元ネタ』がある。一つの作品の元ネタが複数になることもある。実在の人物に脚色を施すこともある。史実に嘘を織り交ぜたり、時間の流れを圧縮したり入れ替えたり(『ヘンリー六世第1部』ではジャンヌ・ダルクの活躍が上手く挟み込まれてる)してもいる。

そもそも、世界史で出てくる『薔薇戦争』(『ヘンリー六世』はこの時代のお話)。この呼び名の元となった二つの派閥が対立し、片方は赤い薔薇を、片方は白い薔薇をとったという事件。『ヘンリー六世第一部』の名場面だが、その事件そのものはシェイクスピアの創作、脚色だと言われている。つまり、シェイクスピアがそんな場面を書かなければ『薔薇戦争』という言葉さえなかったかもしれない訳だ。すごい話である。

ロミオとジュリエットではジュリエットの年齢が14歳に引き下げられている。その脚色によって若者の無茶な突っ走り加減と、いたたまれなさが増幅するというわけだ。テクニシャンである。


ここで押さえておいて欲しいのは、『シェイクスピアは観客を楽しませるためならどんな題材やネタも取り入れ、脚色し、「ヒットする」ことを追い求めた作家』だということだ。ここが大事。歴史に残る傑作。演劇の神様。何て言われると崇高な、ありがたい、神に捧げられた作品のような「アンタッチャブルな芸術」をついついイメージしてしまうが、そんなことは全くない。

むしろ神様に(おそらく、心のどこかで)唾を吐きながら、民衆をいかに興奮させ、楽しませるかに腐心した劇作家である。同業者と競い合い、より優れた作品をより斬新な作品を目指し続けた劇作家なのだ。つまり、今の劇作家と何も変わらない。難しいものを作ろうとした訳でもなければ、高尚なものを作ろうとした訳ではないのだ。

彼の作品は普遍性があると言われる。時の試練を越えて今も上演されていることからもそれは自明である。そこには人間の、世界の、真理がある。しかしその真理は、神々の託宣のようなものでも、『世界平和』のような倫理的な題目でもない。

それは生きていく上で誰もが、今日の我々までもが感じ、思い悩むような真理だ。悲喜こもごもだ。妻が浮気しているのではないかと嫉妬する夫(『オセロー』)、人間関係をうまくまとめられず家族を殺されていく王様(『ヘンリー六世』)、正論を吐き続けたことで「あいつはお高くとまっている」と守った民衆から追放させられる英雄(『コリオレイナス』)…。そうした今も変わらぬ解決しがたい人生の問題を描いているから、シェイクスピア作品は今も読まれ、上演され、共感や感動を呼ぶ。そうした諸問題が巧みなドラマ展開で描かれる。ええ!そこでこうなっちゃうの?!と驚きながら結末まで目が離せなくなる。

…どうだろう? 理解できるような気がしないだろうか?

 


 

演劇の神様と呼ばれる彼も、今の劇作家と何も変わらない。ただ彼が追い求めていたものは「できるだけ多くの人に楽しんでもらえるような作品を書く」こと。それは決して内輪受けではなく、史実や元ネタをふんだんに盛り込んだ、開かれたエンターテイメントでした。

次回は、実際にシェイクスピアを読んでいくにあたって壁となる要素と、それを乗り越えるための解決策を紹介します。

 

今回登場したシェイクスピア作品

  • ヘンリー四世
  • リチャード二世
  • ロミオとジュリエット
  • ヴェニスの商人
  • コリオレイナス
  • ジュリアス・シーザー
  • ハムレット
  • お気に召すまま
  • ヘンリー六世
  • オセロー

 

第二話 どうしてシェイクスピアは難しく感じるのか。難しくしているのは、わたし?
第三話 詩として読んで、物語として楽しむ。英語の日本語の文化の違いも影響?
第四話 もっともっとシェイクスピアを楽しめる方法とは?

このシリーズに関するご意見・ご要望お待ちしております。

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sapporodsap@gmail.com(担当:佐久間)