第2回 弦巻流「シェイクスピアの読み方」

シェイクスピアの魅力と楽しみ方を紹介する「シェイクスピアの読み方」。第2回です。

一見難しそうな海外古典戯曲の楽しみ方を紹介してくださっているのは、 弦巻楽団 代表の弦巻啓太さん。シェイクスピアを研究している大学教授が主人公の物語を執筆したり、実際にシェイクスピア作品を演出・上演したりしています。

前回は、演劇の神様と呼ばれている謎多きシェイクスピアだって、実は現代の演劇人と何にも変わらない、ただ「ヒットする」作品を書くことに全力を注いだ劇作家だった、というお話でした。

今回は、どうしてシェイクスピアは難しく感じるのかを追求していきます。どうぞ楽しくお読みください。

第一話 シェイクスピアの世界へようこそ。なぜ彼はヒットしたのか。
第三話 詩として読んで、物語として楽しむ。英語の日本語の文化の違いも影響?
第四話 もっともっとシェイクスピアを楽しめる方法とは?

弦巻啓太(つるまき けいた)

弦巻楽団代表。脚本家、演出家。札幌生まれ札幌育ち。

高校時代より演劇を始める。卒業後、友人たちと劇団を結成。8年後独立。外部で脚本演出や、演技指導の講師を各地で始める。2006年より弦巻楽団として本格的に活動を開始。札幌劇場祭大賞をはじめ、数々の賞を受賞。2015年、日本演出者協会主催若手演出家コンクールにて最優秀賞を受賞。

近年は中学、高校への芸能鑑賞公演や、国内だけでなく海外での公演も行う。現在クラーク記念国際高校クリエイティブコース講師。また北海道演劇財団附属劇団札幌座のディレクターも務める。日本演出者協会協会員。

難しくしているのは私かもしれない

弦巻楽団演技講座「舞台に立つ」『コリオレイナス』(2017@シアターZOO)撮影:たねだもとき

実際にシェイクスピアの戯曲を読んでみて「スラスラと楽しめた」とすぐに言う人はなかなかいないだろう。そもそも慣れない人にとって戯曲というのは随分読みにくい。会話だけで人物の動きや動向をイメージしなくてはいけない。

海外戯曲、それもシェイクスピアとなると普段演劇をたしなむ中高生にとってもなかなかハードルが高い。理解できない箇所が多く、難しいと感じて以後遠ざけてしまうようだ。

思い起こせば、高校生の時に演劇部顧問達の指導を受けて取り組んだ『お気に召すまま』は、自分も本当によく分からなかった。何が描かれているのかはわかる。言っていることもわかる。でも何が面白いのか分からない。何がドラマなのか。何が名作なのか。どこを楽しむのか分からない。そんな感じだった。

もちろん、今現在はそれなりに感じ方も変わった(今でもそんなに良い作品だとは思っていない(笑))。こう見せられれば面白いのかな、と思わなくもない。


とりあえず、自分の身の回りの演劇人達の話を聞いて出てきた、「シェイクスピアを読んで難しく感じたポイント」を挙げてみよう。

  1. 登場人物がカタカナの名前で覚えにくい。
  2. 物語の展開がわかりにくい。
  3. 会話が(台詞が)何を言っているのかよくわからない。
  4. 『道化』等、よく分からない存在や文化がある。

この辺がよく出てきた回答である。

これだけ見たら全然良くない作品みたいだ。しかしもちろん、そんな訳はない。そのためのガイドである。ちょっと頑張ってみよう。

登場人物の身分について

④から話そう。『道化』の存在やその意味について。シェイクスピア作品に出てくる道化はサーカスのピエロとはジャンルが違う。【宮廷道化師】という存在に当たる。これをウィキペディア先生に聞いてみると…

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーは愚者(道化※弦巻注)の役割について、以下のように述べている。

王家では古くは愚者を雇い、中世には宮廷道化師を召抱えていました。ルネサンス期には英国の貴族たちは自由な振る舞いを認めた道化師を召抱えていました。彼らは他の召使いと同様の服装なこともありましたが、多くはまだら模様のコートとロバの耳がついたフードか道化の帽子と鈴を身につけていました。ペットかマスコットのように扱われ、主人を楽しませるためだけでなく批判をするために仕えていました。

と、書いてある。ここで大事なのは「批判をするために仕えていた」という部分。ただ笑わせるだけじゃなく、王様や宮廷、国のあり方をチクリと批判する係りでもあったのだ。偉い人たちが怖くて(または、身分制度として)部下は意見を言いづらくなっている。王様や支配者もそれを知っている。なので、「間抜けとされる」道化をあえて配置し、彼らに笑いを提供させつつ、現状批判をしてもらっていたわけだ。道化のやることなので(基本)お咎めなし。王様も部下に意見された訳じゃないのでプライドが保たれる。という訳だ。『リア王』にはリアの暴挙を批判しすぎて鞭打ちにあう道化が出てくるが…。

こうしたことは調べるしかない。ちょっと大変だけど、内容を楽しむのに必要な要素はそんなに多くない。雰囲気で「こういう存在ってことだな〜」という理解でもまずはOK。物語を楽しむことを先取りしてしまおう。

これは身分階級を理解するのにも当てはまる。「貴族」と言うものを身分が高い=精神が崇高な人々と捉えすぎてしまう傾向がある。確かに身分が高い。しかしだからと言ってみんながみんな聖人と言う訳ではない。

『ヘンリー四世』ではのちに王となる王子(ヘンリー五世)が、やんちゃばかりしてる悪ガキから王に即位し目覚める過程が描かれる。そのやんちゃぶりは「やんちゃ」どころか極悪人である。

なので貴族もあまり高貴な人と思わずに、王様と民衆の間に挟まれた中間管理職ぐらいに考えよう。中高生なら「生徒会」くらいでも良い。実際は違うかもしれないけれど、大事なのは、登場人物を自分たちの身の回りにいる「人間」と同じように捉えること。そうして物語を楽しんでしまおう。

置き換えてもいい。攻略本を読んでもいい。

弦巻楽団演技講座「舞台に立つ」『ヘンリー六世(第二部)』(2016@シアターZOO)

さて、その物語を楽しむのを阻んでくるのが①〜③である。

この三つは分けがたい。会話が主体の戯曲で、①と②を感じているのに③ではない、と言うことはあり得ない。戯曲とは、誰が何を発言し行動するか、その交差から浮かび上がる模様を味わうものなのだから。


① はなかなかに難題だ。

もうこれは好きな漫画のキャラクターを勝手に当てはめてみよう、くらいしか解決策が浮かばない。なんでもいい。正解などないのだから、あなたが思い浮かべたロミオやジュリエットでいいのだ。ハムレットだって、美少年じゃなくたっていい。そもそもハムレットなんて30歳だ。ハムレットは太っていたという解釈だってあるくらいだし。

その際、色んな漫画のキャラクターをミックスしないほうが良い。同一漫画を、それも登場人物が多い漫画を選ぶと良いだろう。藤子不二雄ランドくらいのミックスは良いかもしれない。理解しやすい、登場人物の見分けがつき易くなるというのであれば、戦国武将や好きな俳優、スポーツ選手になぞらえるのも良いだろう。

これはあくまで理解しやすくするための提案だ。ルールはない。


②もよく分かる。

覚えにくい登場人物たちが、一度に出てきて何やら議論していても、極端な話「酷いことを言っているのか」「楽しい会話をしているのか」「楽しい会話を装った皮肉を刺し合っているのか」見えてこない。なので、もし嫌じゃなければ事前に解説本や『あらすじ』などを読んでみておくことをお勧めする。全く問題ない。カンニングではない。もちろん、それじゃ楽しめない!という人は無理する必要はない。

あらすじや物語のうねりを頭に入れてから読んでも、シェイクスピア作品の展開は驚きや興奮を十分に与えてくれる。ひょっとしたら「わかってる」からこそのハラハラドキドキもあるかもしれない。

『ロミオとジュリエット』なんて、展開や主な物語は知っていても、「どうしてそうなるか」という“運び”がめっぽう面白い。ロミオはそもそもジュリエットじゃなく、別の女性に惚れているのだ。そこから一転しての一目惚れ。やがて二人は恋に落ち、引き裂かれ、そしてあの計画につながっていく。

わかっているからこそ「そうならないで欲しい!」と心の中で祈り、手に汗を握ってしまう…。あらすじを読んだ後、その真相を戯曲本体で読み解く感覚だ。


個人的にどの作品から読むのが良いか?と聞かれたら僕は『マクベス』と『ロミオとジュリエット』からお勧めする。この二つは展開も早く、物語の主線がググイっと引かれていて入りやすい。喜劇は後にしたほうが良いと思う。「笑い」と言うのは読み取るのも、表すのも難しいからだ。『悲劇』よりも『喜劇』の方が難しい。

順番で言えば、

①『マクベス』
②『ロミオとジュリエット』
③『オセロー』

あたりが読みやすい。また、上演への取り組みも比較的簡単だと思う。『ハムレット』『リチャード三世』『コリオレイナス』『タイタス・アンドロニカス』『ジュリアス・シーザー』がそれに続くかな…。

そこまで来たら『ヘンリー六世』『ヘンリー四世』『リチャード二世』など史劇も楽しめる筈だ。 史劇だって、多様な人間が駆け引きをし、相手を陥れようとしたり、裏切ったりのサスペンスだ。ドキドキしながら楽しもう。

翻訳についても。シェイクスピアの作品はたくさんの翻訳家が訳されている。その翻訳家の生きた時代の日本語で基本的には翻訳されている。なので、坪内逍遥先生の翻訳で読むというハードコアな取り組み方も否定はしないが、まずは自分と同時代の言葉で翻訳されたものを読むのからお勧めする。松岡和子さん、中野好夫さん、小田島雄志さんあたりの手によるものがお勧めだ。


喜劇は何故難しいのか?

読むのは優しいかもしれない。『から騒ぎ』も『十二夜』も『お気に召すまま』も『夏の夜の夢』も…後期の(喜劇ではないが)『冬物語』や『あらし』も、人物の動向を把握するのは簡単かもしれない。

ただ、どれも素敵な作品だが、そのおかしみやドラマの感動を味わうのはちょっとハードルが高いと、個人的に思う。なにい!そんなことあるか!と挑戦するのも良い。ただまずは、悲劇やロマンス劇でシェイクスピアがいかに激烈なドラマを描いていたかをぜひ味わって欲しい。

その普遍性を。『マクベス』なんて、剣と魔法(と、鬼嫁)のファンタジーなのだし!!

 


シェイクスピアが難しく感じる理由を紐解き、さらにその解決策にまで踏み込みました。少しはシェイクスピアが身近に感じられたでしょうか。時代背景、文化は違っても、描かれているのは現代と変わらない人間の有様。

インターネットや解説本を上手に使って、何よりも作品を楽しむことを先取りすることが大切みたいです。

次回は、一番の難題「会話が何を言っているのかわからない」という、一見どうしようもない課題について考えてみようと思います。お楽しみに!

 

今回登場したシェイクスピア作品

  • お気に召すまま
  • リア王
  • ヘンリー四世
  • ロミオとジュリエット
  • マクベス
  • オセロー
  • ハムレット
  • リチャード三世
  • コリオレイナス
  • タイタス・アンドロニカス
  • ジュリアス・シーザー
  • ヘンリー六世
  • リチャード二世
  • から騒ぎ
  • 十二夜
  • 夏の夜の夢
  • 冬物語
  • あらし

 

 

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