「日本が近代化していく中で抱えてきた問題の縮図が北海道にある。中央にはなかなか届かない時代のひずみのようなものを舞台で顕在化させたいと考えました。」
ホエイのプロデューサーの河村竜也さんにお話を伺いました。ホエイは、作・演出の山田百次さん、プロデューサーの河村竜也さんを中心に構成されています。TGR2016では北海道を舞台とした作品『珈琲法要』を上演し、大賞を受賞。札幌演劇シーズン2018-冬では初の道外劇団として参加し、再演します。
東京を中心に活動する劇団が、なぜ、北海道なのか。河村さんにインタビューし、作品の魅力と河村さんの見る札幌演劇の特徴について語っていただきました。
1980年生まれ。広島県出身。
2005年、平田オリザが主宰する劇団青年団に入団。以降、『東京ノート』『ソウル市民』『冒険王』など数多くの作品に出演。国内の活動の他、2009年、フランス・ジュヌビリエ国立演劇センター制作『Sables & Soldats』(作・演出:平田オリザ)、2016年、フランス・ギャップ国立舞台制作『Montagne/山』(作・演出:トマ・キヤルデ)などへの出演がある。
2013年、ホエイの前身となる青年団若手自主企画河村企画として『珈琲法要』を発表。以降、プロデューサーとして、ホエイの代表作となる北海道三部作などを手がける。
地方と中央のギャップを描く
ー はじめに、「ホエイ」がどのような団体か、結成した経緯も含めて教えてください。
演劇をはじめたのは、出身地広島の大学在学中に、青年団の芝居を観たことがきっかけでした。大学では油絵を専攻していたのですが、その芝居に影響され18歳の時に演劇を始めました。
2002年に大学を卒業して上京し、2005年に青年団に入団しました。青年団では、誰でも公演の企画を立案することができ、劇作家や演出家を育てるシステム(青年団若手自主企画、青年団リンク)があります。2013年に青年団若手自主企画河村企画として『珈琲法要』を発表し、作品と活動が評価され、翌年、青年団リンク ホエイにステップアップしました。ステップアップすると、公演支援金が増えたり、カンパニー名をつけることができます。実はこの1月、青年団から独立します。この札幌公演が、独立後1作目の公演となります。
僕個人の話をすると、2005年に青年団に入団して以来、青年団の俳優として日本各地、海外とたくさんの土地で公演を経験させてもらいました。ヨーロッパの国立劇場でのクリエーションにも何度か関わらせていただきました。これらの経験を日本でフィードバックしなくちゃいけないという思いもあり、自分で企画を立ち上げようとしていました。そんな矢先、作・演出の山田百次と出会ったのです。
僕は広島出身で、山田は青森出身。僕の田舎の中国地方にはいわゆる限界集落と呼ばれる集落がたくさんあります。山田も青森の農村出身で、地方が抱えている問題や空気感に共有できるものがありました。ホエイを立ち上げるにあたり「地方と中央のギャップ」を作品作りのテーマの1つにしたいと思いました。
一方で、日本の多くの劇団に共通する課題の一つは、作・演出家が劇団主宰を兼ねることにあると感じてきました。一般的にマネジメントにあまり向いていない芸術家が団体を運営し、劇団のステップアップの行き詰まりになっている様子も見てきました。そこで、山田には作品づくりに集中してもらい、プロデュースとマネジメントは僕がする、という権限を二つに分ける方法をとることにしました。作品の責任と運営の責任を切り分けるというやり方です。
ー 第1作目が『珈琲法要』で北海道が舞台ですが、なぜ北海道を選んだのですか。
ホエイをはじめる前から、山田は『劇団野の上』という劇団を立ち上げていて、すでに「地方と中央のギャップ」をテーマにした作品づくりをしていました。劇団の特徴である津軽弁を駆使し、地方の生きづらさや抱えるジレンマを描いていました。彼の作品を見てきて、青森以外の土地のことを彼が書いたらどうなるだろう、というか、彼が書かなきゃいけない話が全国にたくさんあるはずだ、と思いました。
じゃあどの地方を舞台にしようかと考えたときに、山田が持ってきたのが『珈琲法要』の原案となる短編戯曲でした。僕も頭に思い浮かんでいたのは北海道だったので、じゃあこの作品を膨らましてみようと、今の『珈琲法要』ができました。
民主党政権のとき、沖縄の問題が争点化し、日本全体の関心が一時的に沖縄に向きました。もちろん沖縄の問題に国民全体が関心をもつ必要があるのはいうまでもないことですが、その対極にある北海道が抱えてきた問題について、どれだけこの国は関心を向けてきただろう、そのことに一石投じたいと思いました。
今年は北海道命名150年ですが、北海道の成り立ちは日本の近代化の成り立ちそのものと言って差し支えないと僕は思います。日本が近代化していく中で抱えてきた問題の縮図が北海道にある。中央にはなかなか届かない時代のひずみのようなものを舞台で顕在化させたいと考えました。
ー 今回の『珈琲法要』はどのような作品ですか。
19世紀の初めに斜里で起きた津軽藩士殉難事件という史実をもとにした作品です。当時、鎖国中の幕府に開国を求めるロシアは北海道(蝦夷)を襲撃していました。それに対し、幕府から警護を命じられた東北諸藩が北方出征します。津軽藩は宗谷や斜里に赴いたのですが、けた違いの寒さと栄養失調で多くの方が亡くなりました。
歴史の教訓としてよく語られるのは20世紀の前半に日本が起こしてきたことです。そしてこれらの問題は、あたかもその時代特有のものとして語られる。でも、果たしてそうなのだろうかとずっと思ってきました。今現在でも同じような構造の問題は起きているし、もしかしたら日本という国ができるもっと前からあるんじゃないかという懸念がありました。
この津軽藩士殉難事件でも20世紀の前半に繰り返したような、ロジスティクス(兵站)を軽視する無謀な作戦や、都合の悪いことは証拠隠滅するといった問題が出てきます。ロジスティクスの問題は、20世紀の戦争における南洋での悲劇だけでなく、現代ではブラック企業をはじめとする雇用の問題と通底しています。津軽藩士殉難事件はその後、ロシア兵と戦うことなく大量殉難死を出したことから「戦わずして死んだなど藩の恥だ」と藩はこの事実を隠蔽しました。戦後の機密文書隠滅、現代の公文書管理の軽視、と問題は直結しています。ため息しか出ないこのような問題が江戸時代にすでにあったということを知った時、僕は深い衝撃を受けました。この事件のように、北海道には日本を象徴する重要な問題が多く横たわっている。そのように僕は捉えてきました。
この作品は悲劇です。無謀な作戦で亡くなられた兵士たちの下には、さらに土地をうばわれたアイヌの人たちもいます。僕たちは、悲劇そのものよりも悲劇の重層性を描きたいと考えこの作品を作りました。
ー 2013年に初演、2016年の札幌公演を行いましたね(TGR2016)。
実は2014年に稚内でも上演しているんです。北海道で上演したのはそれがはじめてでした。
もちろん早く札幌公演もやりたかったのですが、まだ名前も知られていない状態でいきなり飛び込んでみても、興行的になかなか厳しいものがある。地道に活動を続けながら、自分から行かなくても札幌の人たちが呼ばざるを得ない状態にまで持っていけたらいいなと思いながら、各地で上演し続けチャンスを待っていました。それで、ありがたいことに2016年にTGRで上演させていただくことができました。
ー 実際に北海道で公演する際に感じたことはありますか。
よく聞かれるんですが正直なとこわかりません。多少客席に緊張感があったように感じました。「北海道について外の人が語るんだ」という。少しタブーに触れるような空気はあったのかなと思います。実際のところはわかりません。
札幌の風通しの良さ
ー 札幌の演劇環境や劇団・劇場について思うことはありますか。
まず、天神山にしっかりとしたレジデンス施設(さっぽろ天神山アートスタジオ)があることは素晴らしいことだと思います。小劇場もいくつかあって、札幌市による新しい劇場もできるんですよね。
やっぱりいいなって思うのは、街が観光地だということですね。観光地に演劇フェスティバルがあるというのは海外の例を見てもやはり強みになります。街にたくさんの人が出入りして、人が通り抜けていく風通しの良さみたいなものが、劇場と似ているからかもしれません。
まだまだ日本の地域の演劇はヨーロッパの諸外国と比べてなかなか苦しい状況ですが、札幌はその中でもポテンシャルの高い地域だと思います。演劇シーズン、TGRと2つもフェスティバルがある。それぞれの劇団・劇場の活動、d-SAPのようなメディア、行政による文化政策も、うまく組み合わされば、日本を代表する演劇都市になれるかもしれないですね。
札幌の劇団のことは、詳しくはないけれど、ツアーのやり方を知っている人がいるっていうのは大きなことだと思います。僕は以前、青年団が拠点としている東京のこまばアゴラ劇場でも札幌の劇団の公演の受け入れをしていました。劇団単位でツアーをするノウハウがある。これは大きなことだと思います。
ー 札幌演劇シーズンについて、なにか思うことはありますか。
素晴らしい取り組みだと思います。1ヶ月間、札幌の劇団のお芝居が毎日やっているというがわかりやすいですしね(まあ、私たちは例外となってしまうわけですが笑)。
TGRは道外だけでなく海外の劇団も上演していて広いネットワークがある。外からの刺激を受ける機会が地域にあるのはとても素晴らしいことなのではないでしょうか。
それぞれのフェスが相乗しながらいい土壌が広がるといいですよね。
ー この記事を読んでいる方へメッセージをお願いします。
札幌には、劇団、劇場、フェスティバル、d-SAPのような情報を集約した優れたプラットフォーム、そして街を訪れる観光客もいます。これだけ充実した環境がある地域は、日本ではちょっと他に見当たりません。ぜひみなさんで応援して盛り上げてほしいです。
あとは、より多くの人に積極的に作品を批評してもらえたらなぁと思います。作品について議論したり感想を言いあう、そういう場があるといいなと思います。僕がヨーロッパの環境で一番憧れるのは、だいたいどの劇場にもロビーにレストランやカフェが開かれていて、そこで観客がご飯を食べたり、作品の感想を言い合ったり、商談が行われたり、近所のホームレスがフラっと入ってきたり、子供が出入りしたり、要するに誰が何をしてもいい自由な空気が流れています。そういう広場を作るのは劇場の仕事でもあるけど、土壌を作るのはやはり市民の意識だと思うのです。
ー 本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
2017年12月4日
駒場東大前駅付近の飲食店にて
公演情報
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