札幌演劇シーズンの軌跡と未来・前実行委員長 荻谷氏に聞く

札幌で上演されたことのある優れた演劇を、1ヶ月間毎日上演する「札幌演劇シーズン」。今シーズンの開幕まであと1ヶ月ほどありますが、今から楽しみでわくわくしています。

演劇の力で、札幌を活力あふれるまちへ。札幌演劇シーズンが目指しているビジョンです。慌ただしい世の中だからこそ、舞台の感動が与えてくれる「何か」は、私たちのまちを力づけてくれます。

今回は、札幌演劇シーズン実行委員会の前委員長であり、現在は名誉顧問を務める荻谷忠男氏と「札幌演劇シーズンの軌跡と未来」について対談させていただきました。

荻谷忠男

1944年11月14日生まれ。

2005年からHTB社長、会長を経て、2017年6月まで相談役をつとめる。

社長時代に北海道演劇財団(現・公益財団法人北海道演劇財団)の理事長になり、2011年に演劇創造都市札幌プロジェクトの代表、2012年スタートの札幌演劇シーズンの初代実行委員長就任。3年前から生活の拠点を横浜に移したこともあって、11シーズン目が終わった今年5月で、実行委員長を辞任した。

現在は札幌演劇シーズン名誉顧問として札幌の演劇文化を支えている。

シーズンは演劇創造都市のための突破口

第一回札幌演劇シーズン(2012-冬)参加作品「亀、もしくは…。」(劇団TPS)


ー 僕が最初に小劇場の演劇を観るようになったのは、一番最初の札幌演劇シーズン2012-冬『亀、もしくは…。』がきっかけだったと思います。中学1年生でした。すごく面白かったのを覚えています。

『亀、もしくは…。』ね。同じくらいのときに『西線11条のアリア』も上演されていたんだけれど、このふたつは良いよなぁ。札幌を代表する作品だよ。札幌演劇シーズンでは、このふたつは十八番(オハコ)にしていこうって思った。

札幌演劇シーズンは、実際にスタートしていってからどんどん面白くなっていったね。これは札幌が芸術文化創造都市となっていくために役立つだろう。間違いなく、札幌にとって札幌演劇シーズンは必要なものだって思ったね。

 

ー 札幌演劇シーズンは札幌演劇界にとって、また札幌というまちにとって、どのような役割を担っていると思いますか。

この取り組みの母体は「演劇創造都市札幌プロジェクト」だ。それを実現していくために、札幌演劇シーズンがまず多くの人に認知される必要がある。演劇の周りに人が集まったり、学校教育にも役立ったりということを結果として見せていくことで、演劇がいかにまちづくりに有効かを認知させていく。この役割を担っているのが、札幌演劇シーズンなんだ。

演劇創造都市札幌のためのとっかかりとして、札幌演劇シーズンがある。まず、シーズンを成功させることが大切だろうと思ってやってきた。今となって考えてみると、その方法で良かったんじゃないかなって思うよ。

何かをはじめていくとき、前に進んでいくときには、突破口になるものがないといけない。総合的なことは理念として持っているべきであるけれど、実現のためにはより具体的に行動していく必要がある。一歩踏み出すときに、全員が同じ歩幅で行こうとしたら難しい。でも、数人が「よし、行きます!」と踏み出した時に周りがついてくる。「演劇創造都市札幌」という理念を広く知ってもらうための突破口として「札幌演劇シーズン」は使えるんじゃないかと思ったんだよね。

僕としては、札幌演劇シーズンでは、3つの路線で作品を選んでいるんだ。できるだけ多くの人に認知してもらえるように、幅広いお客様に観ていただけるように。

シーズン参加作品のうち1本は、作品の質が高い十八番路線のものを。2本は中堅の団体がそれぞれの劇団の特徴を生かしたものを。もう1〜2本は比較的新しく若い人たちにやってもらえたらいいなって。

 

劇団が育つ場としてのシーズン

第五回札幌演劇シーズン(2014-冬)


ー 札幌演劇シーズンに出るっていうのが、劇団としての目標の一つになったら良いですね。

稽古終わったあととか、飲みながらでも「シーズンに出られるよう頑張るか!」ってモチベーションになってくれたら嬉しい。札幌演劇界に意欲が湧き、成長につながる。

僕は、作品の質は、量が増えればそれに伴っていくと思っているんだ。たまに天才的なクオリティの高いものを作れる人は現れるけれど、札幌演劇全体の成長のためには、競争し合うことが大切。

伸びしろのある7、8の劇団が競い合って面白いものを作っていけば、その中から3つは中堅クラス以上にはなっていくだろうと信じている。だから、質を求めるためにはまず量を求めたいなって。競い合う若手が出てくれたら嬉しいな。身内だけで褒め合うんじゃなくて、互いに刺激しあって、切磋琢磨して。

 

ー 札幌演劇シーズンは、札幌演劇が成長するための良い機会となっているんですね。

ある劇団の代表の人が言っていたことがとても印象に残っている。

僕は演劇シーズンに選ばれたことを誇りに思っています。一生懸命、シーズンの作品に力を入れていきます。だから、シーズンに選ばれながら中途半端な出来の作品を観ると、ものすごく腹が立つんです。たまたま僕たちの作品の前の週にそういう劇団があると、次の僕らのところにお客さんが来てくれなくなっちゃう。僕らのところに来てくれるチャンスを、面白いものを作れなかった前の劇団が取り去ってしまったっていうことなんです。それはあってはいけないことです。だから僕らも頑張るんです。

そういうことなんだよな。札幌演劇シーズンをやってよかったなって思うのは、こういった劇団同士の刺激や励みが増えてきたことかな。

 

もっと知ってもらうために、どこまで努力できるか

ー 回を重ねるごとに動員数が増えているようですが、やはり大切なのは新規のお客様を獲得することではないでしょうか。

札幌の舞台役者たちがテレビや他の媒体に出たときに、一言「札幌演劇シーズンにも出たんですよ」とか言ってもらえたらいいのかもね。「アカデミー賞にもノミネートされたんです」みたいな感じでさ(笑)。そしたら、その役者を気に入ってくれた人が、シーズンを観にきてくれるかもしれない。

やっぱり観てもらってナンボだよ。演劇をやる人たちは「どうやったら観にきてもらえるか」っていうのを四六時中考えなくちゃいけないと思うよ。

僕がHTBに勤めたときさ、視聴率はずっと4位だったんだよ。たくさんの人に見てもらうためにはどうしたらいいのかって、ずっと考えていた。

そしたらカミさんが「どこに行っても、みんなに聞こえるようにHTBの話しよう」って言ってくれたんだ。それから、レストランや喫茶店とかに2人で行くたびに、「あの番組おもしろかったよねー」って周りに聞こえるように話し始めた。「大泉洋ちゃんいいよなー!」とかね。周りの人に「HTB、なんか面白いものやっていたっけ?」って思ってもらえるように。10年くらい続けたかな。

onちゃんのシールとかをいつでもプレゼントできるように持ち歩いていたり、HTB本社に来てくれる「水曜どうでしょう」ファンには自分から直接話しかけて、一緒に写真を撮ったりした。100人以上はいるね。

そのくらいのことは、俳優も他の演劇関係者も当然のごとくやらなくちゃいけない。特に俳優は演じるのが仕事なんだから、いくらでもそういうのはできるでしょう。気分が良くないときでも、ニコッと笑ってお客様との関係をつくっていく。

 

ー 観に来てもらうということに関して、「SNSに頼りがち」というのは大きな問題点だと思います。TwitterやFacebook、Youtube、LINEでしか宣伝ができていない演劇人が多い気がします。SNSは拡散能力があると言われているけれど、いくら拡散しても心は動かない、「観に行こう!」ってなりにくいと思うんです。やはり直接会って、顔と顔を合わせることは大切ですね。

アクションを起こしていかなくちゃいけない。スマホをタッチする指のアクションは「口先だけで物言う」のと同じ、薄っぺらい。

いや、実はね、僕ら大人の連中こそSNSに頼りすぎているのかもしれない。実行委員会の中でも、「なるほど、今の若者の心を掴むためにはSNSを利用するんだ」という話になってるんだよ。でも、実際に使っている君たちの方が疑問を感じているっていうのは、大人にも早く知らせておかなくちゃいけない。

本当の意味での「口コミ」が大事だね画面越しじゃなくて、ね。

 

ー だからこそ、キックオフステージ(チカホでやる演劇シーズンの宣伝イベント)は大切にするべきだと思います。たまたま通りかかったところに役者がいるっていうのは、効果的ではないでしょうか。

あれね、最初はパフォーマンスがつまらなかったんだ。だから僕は「演劇人なら、通行人の足を止めるくらいのパフォーマンスをやってほしい」と言ったんだ。「歩いている人の足を止めることができたら、その人は劇場に来るんだ。」って信じて。

キックオフステージを観て、すごかったのは風蝕異人街だった。通行人も止まったよねぇ。「青森県のせむし男」が本当に出て来て、化粧とかもおどろおどろしかったからなぁ。この作品は、本人たちの努力もあって全ステージ前売券完売だった。

劇団千年王國も毎回客の心を掴む術を知っている。だから両劇団とも客が入っている。

あの場を活用できない団体は、残念だよなぁ。絶好の機会なのにな。

団体のみんなでユーモアを出し合って、このチャンスを活かせるところは今後も伸びるよ。「遊び」について真剣なところは強い。「play(演じる)」は「遊び」だしな、本来。

 

あ、そうそう、BLOCHで活躍している川尻恵太くんのトライもよかった。あのキックオフステージの場を面白がって遊んでいた。

(2017-冬 NEXTAGEのパフォーマンス。演出は川尻恵太(SUGARBOY)。)

 

変わらないものと変えるべきもの

ー 演劇を観にいけない理由のひとつにチケットの値段があると思います。札幌演劇シーズンは一般3000円、学生1500円。特に中高生にとっては、初めて観に行くひとはなかなか手が出ないという現状があるのではないしょうか。

チケットを高く感じるか安く感じるかはひとそれぞれだよ。東京の芝居と比べたら安いけど、映画と比べたら高い。初めて観に行く人には安くしたら良いのかもな。自己申告になるけれど、受付で「初めてです」って伝えたら安くする。空席をつくるよりいいんだから。

例えば、学生の場合は、初めて観る人は1000円。2回目以降の人は1500円とか。1年で10作品あるから、全部観た人は次年度の作品ひとつ無料とか。シニア割もあったらいいかもな。

 

ー スタンプカードみたいなのを作って。受付でスタンプを押してもらって、1個目のスタンプを押す人は安くする、10個スタンプがたまれば無料になる、とか。

毎回「初めてです」っていう人もいると思うよ。でもそういうことを考える人は演劇に限らずいるんだからさ、いいじゃない、入るんだもの。

もちろん芝居の中身の向上は不可欠だけれど、サービスを再検討することも大事だな。演劇人も、実行委員会も、それぞれができることをしっかりと考える。これが大切だな。

継続していくことは最優先だけれど、常に変化させていくというのも同じくらい大切だと思っている。一人芝居や人形劇も、新しい試みだった。サービスや宣伝も考える上で、世の中の流れに敏感になっていくべきだな。

 

ー 荻谷さんがこれからのシーズンで観たいと思う作品はありますか。

『アイランド―監獄島』は強烈だったよな。あれを演劇シーズンで一度観たいな。ラストの劇中劇は、唸ったよ。

あと、弦巻くんは『茶の間は血まみれ』をやんなきゃ。ただしイトウワカナの演出で。あの作品は普遍的なテーマで面白い。全道の中学校・高校を回って上演してほしい。あれこそ教育委員会がお金をかけてやるほどの価値があると思うんだよな。中高生本人にも、その保護者にも観てほしい作品。

 

ー 「中高生」「教育」というワードが出ましたが、演劇は学校教育の分野にも大きな可能性を持っていると思います。集団で一つの作品を考え、つくり、発表するというプロセスは、特に中高生にとって非常に貴重な体験となります。

そうだね。演劇を教育現場で利用するというのは「演劇創造都市札幌プロジェクト」の主要なプロジェクトにしていって良いと思う。演劇ワークショップを通して社会貢献をすることは、演劇を普及していくことと同じくらいの価値がある。

行政はトップによって政策が全然違ってくるけれど、教育的なもの(ソフト的なこと)はどういう行政体制であっても「確保すべき取組」というか、揺らいじゃいけないものがあると思うんだよ。札幌の小学生は卒業するまでに1回は札響のコンサート聞いたことあるとか、1回は演劇観たことあるとかね。

 

ー 子どもの頃に「劇場に行く」っていう経験をするのは大切ですね。一度でも行ったことがあれば行きやすくなる。

子どもに限らず、大人も劇場に行くってのは大切だが、劇場の立地条件も重要だね。コンカリーニョとかBLOCHは地上にあるから入りやすいが、シアターZOOやパトスは地下なので初めてでは入りづらいもんな。

でも、一度足を踏み入れてくれれば壁がなくなる。ただし、その芝居の中身次第だがね。

 

ー 札幌演劇シーズンのこれからの展望はどのような感じでしょうか。

僕はもう実行委員会執行部を降りた身だからなんとも言えないけれど、将来は夏と冬をくっつけちゃうくらいできたら良いなって思っているよ。アメリカのアシュランドのオレゴン・シェイクスピア・フェスティバル(OSF)みたいに、半年のスパンで演劇シーズンを開催するとかね。

札幌演劇シーズンの原点!演劇のまちアシュランドとは

そのためには1ヶ月〜1ヶ月半公演ができる劇団が現れないといけないけれど、それは難しい。現在約30日のところを40〜45日にしていく方法を考えるのが現実的かな。

いつになるかわからないけれど、プロとして演劇一本でやっていける人が増えたら実現に近づいていくのかもしれないね。

 

ー 本日はありがとうございました。

こちらこそ、すごく刺激になりました、ありがとう。

 

2017年6月15日 国際基督教大学にて

 

 

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