いよいよ2024年5月11日(土)から始まる、ジョブキタ北八劇場こけら落とし公演『あっちこっち佐藤さん』。チケット発売日には初日が完売するなど、大きな注目を集めている公演です。
この度、『あっちこっち佐藤さん』のプロデューサーである小島達子さんから、「作中に出てくる表現について出演者と話したいことがある」として、議論の様子をd-SAPに掲載できないかと依頼がありました。
「老若男女、誰もが楽しめるコメディ」を目指して作られているこの作品で論点となったのは、笑いの対象としての「オカマ」という呼び方や、特徴的な容姿を笑いのネタにするような表現でした。
(聞き手:佐久間泉真)
「誰もが楽しめるコメディ」のための議論
ー ジョブキタ北八劇場は、札幌に新しくオープンする劇場として大きな注目を集めています。こけら落とし公演は納谷真大芸術監督の代表作『あっちこっち佐藤さん』です。
この作品を選んだ理由や、ねらいを教えてください。
納谷真大さん(以下、納谷) ジョブキタ北八劇場は、「演劇を創る劇場」としていくことをビジョンに掲げています。
劇場支配人の伊藤久幸さんと話し合う中で、まずは最初の5年間で、財産としての作品を生み出していこうということになりました。そして、それらの作品群を筆頭に、6年目からロングラン公演を中心に行なっていく。そうして自立した民間劇場の運営をトライしていくことにしました。
ロングラン公演に耐えうる作品を考えていく中で、僕はコメディにこだわりがあるので、自分の代表作である『あっちこっち佐藤さん』が良いんじゃないかなと。2017年上演時は目標観客数の5000人に届かず悔しい思いもしましたが、高い評価もいただきましたし、この作品ならいけるんじゃないかと思いました。
ー コメディにこだわっているのは何か理由があるんですか。
納谷 僕は脚本を書いたり演出もしますが、元々は俳優なんですね。なので、「これがやりたい!」というものはそんなに強くはないわけですよ。だからELEVEN NINESでは、いつもたくさんのお客さんに観てもらうことを目標としていて、それが一番やりたいことでした。
そういった意味で、演劇文化がディープに根付いていない札幌においては、演劇を観たことがない人が一番最初に触れる作品はわかりやすいコメディが良いんじゃないかと。
もちろんこれまで劇団でもコメディ以外もやってきましたが、それでも僕の作品で一度も笑いの要素が入っていないものはなかったし、やっぱりお客さんに笑ってもらいたいという思いは強いですね。その方が僕には向いているんだと思います。
ー パンフレットに書かれている「老若男女、誰もが楽しめるコメディです!」という納谷さんの言葉が印象的です。様々なお客さんが想定される中で、「誰もが楽しめる」という点について工夫していること、考えていることはありますか。
小島達子さん(プロデューサー、以下、小島) この部分について、この劇に参加いただく皆さんと話し合いたいと思いました。本作は、イギリスの劇作家レイ・クーニーが1983年に書いた『Run for Your Wife』が原作になっています。舞台を札幌に置き換えたりなど脚色はしていますが、基本的には原作の設定をもとに上演脚本にしています。
『あっちこっち佐藤さん』の初演は2007年。その後何度も上演を繰り返してきましたが、2024年のいま改めて台本を読んでみて、今の時代にそぐわない表現が出てきているように感じたんですね。
たとえば、「オカマ」という言葉で笑いを誘うシーンがあったり、「もし男だったら」「もし女だったら」といった表現、容姿を嘲笑するような表現があったり。
これまでのELEVEN NINESという任意団体から、劇場の運営に関わらせていただけるということで、さらにたくさんのお客様に観ていただける機会をいただきました。今後はこうした表現に対する配慮ということについても考えていきたいと思い、出演の皆さんの中から幅広い年齢の方に集まっていただきました。ご意見を聞かせていただけたらと思います。
納谷 僕は富良野塾出身でして、師匠の倉本聰に「たとえ百万人を感動させられたとしても、一人を傷つけちゃいけない」と教えられました。すげえこと言うなと思ったし、かっこいい!って20代の僕は思いました。
ただ、そのあと十数年ずっと師匠の姿を見ながら「めっちゃ傷つけてますやん。なんやったら俺傷ついてますけど」みたいに思うこともあって(笑)。つまり、現実のやりとりを一つ一つ見ていくと、絶対に誰も傷つけないなんてことは存在しないんですよ。
ただ、創作者としては「百万人を感動させられたとしても、一人を傷つけちゃいけない」という志は忘れてはいけないぞと思います。いま自分は誰かを傷つけているかもしれない、という自覚を持ちながら創作することも必要ということですよね。
ー 創作者としての志を表した言葉なんですね。
納谷 そういう意味で、今回この作品に取り組むにあたっても、色々と考えなくてはならないですよね。小島からもよく言われますし、最初の本読みの時に「この言葉は少しきついかもしれませんね」とか、他の役者にも言われましたし。
僕が最初に提案したのは、当日パンフレットに「この舞台には、不適切な表現が出てきます。だけれども、それは我々が考えた果てにコメディであることを重視するためです。もし気づいたことがあるなら言ってください」みたいなことを書く。作品の中身を気をつけるというよりは、ちゃんとアナウンスする。
ー 事前にアナウンスすることは重要ですね。タイミングについては慎重に検討すべきかと思います。お客さんが作品を選ぶための材料となるように、チケットを買う前にお知らせするなど。
今回お集まりいただいた出演の皆さんはどのように考えていますか。
伊達昌俊さん(以下、伊達) コメディの中のそういった表現、やっぱり、数年前と比べても笑いにくくはなりましたよね。
納谷 そうですよね。一昨年に上演した舞台でこんなことがありました。
劇中で、小島達子の体型についていじるシーンがあったんですね。初演時(5、6年前)はものすごくお客さんが笑ってくれたんですが、一昨年の公演時では全然笑わなくて。それでも僕は面白いと思っていたんです。そしたらある公演で、前の方に座っていたの女性が一人だけそのシーンで笑った瞬間に、「あっ!」って口元を隠して笑うのを止めたことがあったんです。
その時に、明らかに時代は変わっていて、観客もわかっているんだと感じました。僕は、面白いのになんで笑わないんだろうと思ったけど、そうか、劇場というパブリックな場でこういうことで笑ってしまうと、自分もそういう目で見られると思ってしまうんだ、と。
ー そうだったんですね。「面白いのに笑っちゃいけない」という考えもあるとは思うんですけれど、そもそもそういう表現は面白いのか、というところから議論しても良いのではないでしょうか。
ジェンダーや容姿を笑いのネタにされる、もしくは暴力的なシーンがあることで、傷ついてしまったりフラッシュバックが起こってしまう方が観客席にいるかもしれない。そこをどう考えるか。
藤尾仁志さん(以下、藤尾) 僕は、当事者の方にとっては、面白くない表現だろうなと思います。
例えばそれが、既に知り合っている中のやりとりだとすれば、関係性や文脈を共有できているから面白いと感じることはあるかもしれないけれど、体型をいじる言葉自体は、面白くはないですよね。
納谷 僕の考えとしては、本人を傷つけるために言って、それを第三者目線で笑う、ということはあんまりなくて。あくまで登場人物同士の関係性がある中で互いにいじりあっている、という劇構造をちゃんと作り上げてるつもりではあるんですけれどね。
でも、それじゃ不十分なんだろうな、と感じることもあって。きっともう僕の考えが古いんだと思うんですよ。
藤尾 登場人物同士の関係性においては文脈が共有されている、ということはすごく理解できるんですけども、それを「笑いのネタにする」ことの必然性をお客さんに共有できているか、ということなんだと思うんですよ。
ー その表現を笑いのネタにすることそのもの、についてですよね。作品において、本当にその必要性があるのか、が問われるのだと思います。
五十嵐みのりさん(以下、五十嵐) ここ数年で、そうしたことを考える機会は増えましたよね。特に再演作品に参加するときに、初演当時は気にならなかった表現が、これちょっとどうなんだろう、と議論するみたいな。
私もその度に考えるんですけど、正直私は答えが出ていなくて。半々なんですよ。どっちの気持ちもすごくわかるなと思って。やっぱり作品を作る上で、作り手が面白いと思うものを突き詰めて作品を作っていくときに、あまりに気にしすぎていたら面白い作品作れないなっていう気持ちもすごくわかるし。
でも、身近にいる同性愛者の方や女装家の方を想像すると、その人を劇場に誘ったときにどう思うのかなって。すごく難しい。簡単に結論が出せない問題だって思うんですけど。
ただやっぱり、もしそれ(特定の属性の方やマイノリティの方を笑いのネタにする)じゃない表現に変えられるんだとしたら、わざわざセンシティブな表現を持ち出す必要はないと思います。
作品によっては、あえてそうした表現を選ぶものもあると思いますし、作る自由、表現する自由はあるべきだと思うんですけれど、だとしたらお客さんは選べる環境であるべき、というのが現時点での私の考えですね。
伊達 僕は、ゲイの友達に相談してみたんです。「オカマって言葉を使う舞台に出るんだけど、どう思う」って。その人はそれを売りにしたい人で、オカマって呼んでほしいみたいな感じの人だったんですね。だから、「面白きゃいいわよ」って。それは励みになったんだけど、だったらもう当事者に出演していただいた方が良いんじゃないか、と思うこともあって。
この作品にはたくさんの「佐藤さん」が出てくるんですけど、みんな何か秘密を抱えている佐藤さんなんですよね。その中の一つとして「オカマ」であることが明らかになる。僕は、この劇中での表現としてはやっぱり「オカマ」と言う言葉は変え難いんじゃないかと思うんですよ。昔ながらの考えですけど。
ー トリガーアラートとも言われる、いわゆるトラウマ体験を刺激する可能性のある表現について観客に事前に周知することについて、何か抵抗感はありますか。
伊達 僕個人としては、お芝居を見るときはネタバレをできるだけ避けたい、と思う派なんですよね。でも、確かに「津波の表現があります」とかはあった方が良いとも思います。
以前、自分が出演する舞台で本物のタバコを使った喫煙シーンがあったんですけれど、それは多くの批判をいただいてしまいました。「舞台で本物のタバコ吸っちゃうんだ!」と驚いてほしかった、という気持ちがあったんですよね。
ー タバコの煙が大丈夫なお客さんにとってはポジティブに受け止められるかもしれないですけれど、そうじゃない方にとっては、そうは思えないという。
伊達 そうですよね。他にも、暴力シーンがありますとか、色々な区分がありますよね。
SNSで回ってきた、「観劇あんしんシート」というのもありますよね。
観劇あんしんシート
演劇ユニット・さよならキャンプ(本拠地:福井県)が作成した、舞台上での表現についての注意点を記入できるシート。札幌の劇団も、いくつかの団体による活用事例がある。詳細:https://sayonara-camp.com/free/anshin_sheet
アレルギーチェックみたいにたくさんの項目があって、将来はこういう形が当たり前になっていくのかな、と思います。
坂口紅羽さん(以下、坂口) 一方で、表現に対する「検閲」のようになってしまうんじゃないかと心配することもあります。いわゆる「オカマ」に対して触れてはいけないとか、暴力的な行為を舞台上で見せてはいけないとか、だんだんと戦後間もない頃の、三谷幸喜の『笑の大学』であるような、「やってはいけないダメな表現」が増えていっているような。
もちろん、藤尾さんがさっき言ったみたいに、例えば誰かを攻撃する意図を持った表現は良くないとは思うんですけれど。でも、そういった表現を避け続けることもあまりよろしくないんじゃないかなと思います。
例えば「オカマ」の例で言えば、オカマという言葉を使っちゃいけない、女装家の方を話題に出しちゃいけないってなると、それもある意味、マイノリティの方は作品に出ちゃいけないのか、ってなってしまうし。
ー こうした議論は、決して「言葉狩り」をしているわけではないと思います。
例えば、親が子供を殴る児童虐待のシーンがあったとする。そういうシーンがある=作り手が児童虐待を推奨をしている、というわけではないことは理解されると思います。
しかし、たまたまそれを知らずに観にきたお客さんのトラウマを刺激してしまってフラッシュバックが起きてしまう、これは防ぐことができるんじゃないか、という議論です。つまり、やってはいけない表現、言ってはいけない言葉がある、ということではなく。そうしたおそれがある表現を事前に知らせることができるのではないか。
納谷 そうした可能性が高い表現については、事前にお知らせをする、それがトリガーアラートということですね。
もちろん最大限、お客様に不快な思いをさせたくないとは思っているんですけれど、それを現実的にどこまで対応していくか、ということですね。
小島 こけら落とし公演として『あっちこっち佐藤さん』を選んだ当初は、正直に言うと、そのような配慮が必要な作品だとは思っていませんでした。でも、稽古がはじまって台本を読んでいくと、とても引っかかる部分が多くて。
かといって、先ほどのように「言葉狩り」のようにもなりたくないので、制作的な対応として最低限何かできることがあれば、と思ってこうした話し合いの機会を作らせていただきました。
納谷 これまでそのような表現が、なんの配慮もなく笑いのネタとしてきてしまっていた昔を否定しているということなのかなあ。最近の考え方は。
藤尾 最近になって傷つく人が増えてきたんじゃなくて、昔も傷ついていた人がいた、という認識ですよね。それが良くないことだったと、最近になってやっと気づき始めたということなのではないでしょうか。
坂口 俳優の立場としては、現在の価値観に照らし合わせると不適切と思われる発言をする人物を演じるときには、ある種の割り切りが必要ですよね。一人の俳優としてはそれが不適切であることを知った上で演じる、それが大事なんじゃないかと思っていて。
能天気に、これが面白いと思っているから気にせずやるよ、ではなくて、俳優として最大限ケアして演じるということが、『あっちこっち佐藤さん』に参加するにあたって一番大事なのかなと思っています。
藤尾 作品を作るにあたっては、どんな表現がされていても作品の一部であり、それ自体を咎められるべきではないと思っていて。
でもその作品を作る意志を持った人は社会で生きているので、その人が批判を受けることはあると思います。そうした表現を行うことを、自分で選んでいるわけですから。
納谷 そのような批判を受けた時に、我々はどのように対応をしていくか、ということですよね。
その部分がきっと、僕が師匠から教わった「たとえ百万人を感動させられたとしても、一人を傷つけちゃいけない」という姿勢なんだと思います。そうした批判や意見とは向き合っていきたいと思います。
こうした議論の末、ジョブキタ北八劇場では、次のような方針で公演を行うことになりました。
- ホームページに、配慮が必要と思われる表現についてのお知らせを公演前に掲載する。
- 前回上演時の台本から、作品の構造上必要がないと思われる不適切な表現を修正・削除して上演する。
詳しくは、ジョブキタ北八劇場のホームページをご確認ください。
「誰もが楽しめるコメディ」を目指す、新しい劇場のこけら落とし公演。ぜひ目撃してみてはいかがでしょうか。
公演情報
ジョブキタ北八劇場主催 こけら落とし公演
あっちこっち佐藤さん
シチュエーションコメディを得意とする納谷芸術監督の代表作『あっちこっち佐藤さん』を、北八劇場のグランドオープンとして上演。
北海道を代表する豪華俳優たちが、札幌初の全30ステージのロングラン公演を彩ります。
あの話題作が再び、北八劇場に蘇る…!
2024年5月11日(土)〜6月9日(日)全30ステージ
※各日程は以下「公演日程」を参照ください
※開場は開演30分前
※チケット受付開始は開演45分前
ジョブキタ北八劇場
札幌市北区北8条西1丁目3番地「さつきた8・1」内2階
ヒロシ:藤尾仁志、明逸人
タロウ:箕輪直人、明逸人、納谷真大
妻1:森上千絵、坂口紅羽
妻2:脇田唯、五十嵐みのり
ハナコ:内崎帆乃香、小野寺愛美
警官1:小林エレキ、小島達子
警官2:瀧原光
記者1:梅原たくと、伊達昌俊
記者2:菊地颯平、和泉諒
※一部、ダブルキャスト・トリプルキャスト。詳細は公式サイトをご確認ください。
一般:5,000円
学生:2,000円
中学生以下:1,000円
『あっちこっち佐藤さん』公演制作
090-8898-8534/office@tmtf.jp