札幌演劇の社会的役割を考える|演劇創造都市札幌プロジェクト代表・蔵隆司

例年大盛り上がりを見せており、今は札幌演劇界になくてはならない存在となった「札幌演劇シーズン」。第一回目の2012-冬を主催したのは、「演劇創造都市札幌プロジェクト」という団体でした。

プロジェクトがめざすのは、札幌の演劇の質を高めること、札幌を演劇創造都市にしていくこと、行政と民間の共同で札幌演劇を支援・発展させていくシステムづくりをすること。

d-SAPは、札幌演劇シーズン2019-冬の開催にともない、プロジェクトの代表である 蔵 隆司 さんにインタビュー。プロジェクトが目指す札幌演劇はどのようなものか、行政と芸術の関係はどのようであるべきかなどをうかがいました。

札幌という都市における演劇の役割について、一緒に考えてみませんか。
蔵隆司 Kura Takashi

1944年札幌生。札幌北高、横浜国立大学卒。
75年神奈川県に入庁。知事長洲一二氏の下で秘書、政策調整参事を担当、01年県民部次長。95年(財)神奈川芸術文化財団事務局長に就任、99年から専務理事。芸術監督團伊玖磨、一柳慧氏の下で神奈川県民ホール、神奈川県立音楽堂などの経営に携わる。03年退職。その後(財)地域創造の文化政策研究会などに参画。03年札幌に帰郷し、中央区伏見で喫茶店『宮越屋珈琲 パリアッチ店』を経営。

表現芸術の社会的役割

ー 蔵さんが「演劇想像都市札幌プロジェクト」で活動することになったきっかけを教えてください。

私は学生のころから、芸術と政治の関係や芸術が持つ社会的役割の可能性について研究してきました。芸術というのは、私たちの生活に欠かせないものです。「経済的にうまくいっていれば幸せ」という価値観では埋められない少なくとも幸せの一部を追求し、私たちの生活をより豊かにしてくれる、これが芸術の役割、力と言って良いかもしれません。

しかし、芸術を生業(なりわい)すなわち職業として経済的に成立させることはかなり困難であるという現状があります。私はここに問題を感じました。芸術が社会的存在として成立するにはどうしたら良いだろうか。芸術は、構造的に様々な応援があって成り立つものです。

そこで私は、自分が住む札幌の芸術について思い巡らしました。札幌は大都市なのに、文化芸術を支援するシステムが足りないのではないか。そして、継続するべき、優れたコンテンツがあるのに、経済的な困難ゆえに発展ができずにいる芸術は何だろうか。そのひとつは、私にとって札幌の演劇環境でした。

演劇創造都市札幌プロジェクトは、そのような思いで始まりました。

 

ー 演劇創造都市札幌プロジェクトのこれまでの歩みについて教えてください。

私たちが最初に目指したのは、札幌に、公共と民間の協同によるプロ演劇集団を設立すること。札幌を、演劇人が仕事として継続的に演劇創造ができる街にすることです。

その試算をしたところ、概算約3億円の資金が必要でした。自らの公演のチケット収入で1億円、民間スポンサーの寄附による1億円、そして行政支援の1億円という可能性を探ることで、100人の演劇人の生活が保証できる。それを、「100人の演劇人が活躍する街を目指して」という最初の提言趣意書としてまとめて2009年に策定しました。

関連 (旧)提言趣意書「100人の演劇人が活躍する街をめざして」2009年版

さらに、札幌演劇の持つ可能性をまずは理解されるところからはじめなければならないと、札幌演劇シーズンという大きな企画も2012年に立ち上げました。演劇シーズンは、今年で7年目になりますね。

しかし、その構想に対する理解はなかなか得られませんでした。行政も演劇シーズンの助成は約束してくれましたが、そこから先には未だ進めることができていません。

 

ー では、プロジェクトの次なる目標は何でしょうか。

「シアターカウンシル」の設立です。シアターカウンシルとは、札幌の演劇や劇場の事業全般について検討し評議する民間による評議機関です。演劇の目利きの専門家が、行政や企業から集めたお金を、どう使っていくかを考える機関。

この考え方は、「アームズ・レングス原則」という考え方に基づいています。アームズ・レングス原則とは、芸術が民間や行政の援助を受けながら、一定の距離を保って表現の自由と独立性を維持する、という考え方です。行政とアーティストの間に、カウンシルが入ることによってこれは実現されます。行政は芸術に対して「口は出さずに金を出す」という状態ですね。

この考え方によって、演劇が行政と手を組むことによって考えられるリスク、すなわち表現の自由の制限を免れることができます。とくに演劇はことばの芸術ですから、歴史的に見ても政治的なテーマの作品は規制の対象になりうるのです。シアターカウンシルは、それを防ぐ役割も果たします。

関連 斎藤歩氏が語る 札幌の演劇環境とシアターカウンシル

関連 (新)提言趣意書「100人の演劇人が活躍する街をめざして」2017年版

 

ー シアターカウンシル設立に向けての活動の中で、困難に感じることは何ですか。

行政が目指すのは、すべての人に幅広く必要とされる事業を行うことです。一方、「万人のための」芸術というのは存在しません(したとしても、果たしてそれは芸術的でしょうか)。

芸術には好みがあります。同じ作品であっても、観る人ひとりひとりで感じ方が違います。それが芸術の良さであり、役割でもあります。

だからこそ、芸術と政治はどんな時代どんな場所でも、対立してしまうのです。お互いになかなか馴染めないんです。

しかし、だからと言ってこのままで良いのだろうか、というのが私の思う問題点なのです。アームズ・レングス原則を本当の意味で実現した時に、街は豊かになっていくと確信があります。

現に欧米には多くの実例がありますし、国内でも様々な試みは存在します。

われわれのプロジェクトも日々研究と協議を重ねて、実現のために活動しております。

 

さらなる発展のために

ー 札幌が演劇創造都市になるために、札幌演劇人に求めることは何ですか。

札幌の演劇は面白い作品が多く、日々楽しませてもらっています。プロジェクトとして札幌演劇人のみなさんに考えて欲しいことは「演劇と社会の関係性」についてです。

札幌の演劇も、個人の自己満足のためだけのツールにとどまってはなりません。作品が市民に還元されて、財政的にも継続可能なシステムの中で展開していただきたいと思うのです。それは、決して作品を万人受けにしてくれという意味ではありません。

余裕のある時で構いませんので、本を読んでみたり、講演会に参加してみたり、芸術が都市にどのような影響をもたらすのかを勉強していただけたら幸いです。

演劇人ひとりひとりの意識が、札幌演劇全体の発展に繋がっていくのだと思います。

 

ー 札幌演劇シーズン2019-冬がまもなく開幕ですが、今年の演劇シーズンをどのように見ますか。

今回もとても面白い5作品がそろったと感じています。井上ひさしの名作や、各劇団の過去に評価を得た名作創作劇、人形劇や中高生による舞台もありますしね。

偏りがなく様々なジャンルがありますので、たくさんの人に観ていただきたいと思います。

 

ー 札幌演劇シーズンはこれからどのようになってほしいですか。

プロジェクトから「こうしてほしい」という期待や強制はしないようにしています。毎シーズン面白い作品が選考され上演されますので、ひとりひとりの心の中にしっかりと残っていくと思います。

あえて言うとしたら、欧米あるいは日本の古典作品も観てみたいです。昔に書かれたものだとしても、こうして現代まで残っていると言うことは、現代社会にも意味のある作品のはずです。札幌は創作脚本が多いのですが、古典にもチャレンジしてくれたらと思います。

また、普段演劇を観ない人にも観ていただき、演劇をはじめとした文化芸術が、日常社会の中で必要なことなんだな、と広がってくれれば嬉しいです。

 

ー プロジェクトのこれからはどのように活動されるのでしょうか。

各方面の理解を得るために粛々と活動を継続していきます。時間がかかることかもしれませんが、札幌演劇は確実に発展の道を辿っていると思います。

また、演劇人のみなさんが演劇の社会的役割について考える機会を提供できたらとも考えておりますので、ぜひこのプロジェクトに参加してほしいです。

演劇の社会的役割について、私たちひとりひとりが学んでいきたいと願います。プロジェクトやシアターカウンシルが今後どのような活動をしていくのか、注目です!