「演劇は言葉を使った格闘技」札幌演劇シーズン実行委員長 樋泉実氏

毎年夏と冬に開催される、名作を毎日上演するイベント「札幌演劇シーズン」。今夏もバラエティ豊かな作品が上演されています。

12シーズン目となる今回より、前実行委員長の荻谷氏が引退し、新たな委員長として樋泉氏が就任いたしました。

「演劇自体に力はあるけれど、それを伝えていくことにもっとエネルギーを注いでいくべきです。」と語る樋泉氏。演劇の魅力と札幌演劇シーズンの展望についてお話を伺いました。

 

樋泉実(といずみ みのる)

北海道テレビ放送(株) 代表取締役社長。

山梨県生まれ。慶應義塾大学卒。72年北海道テレビ放送入社。2014年6月から2年間、日本民間放送連盟副会長に就任。アジア向け海外発信(97年開始)や地域データ放送(98年開始)などデジタル放送時代に向けて先駆的な取組を開始。

現在は上海、台湾など6つの国と地域でレギュラー番組「LOVE HOKKAIDO」を放送中。

言葉を使った格闘技 ー演劇の力


ー 樋泉さんと演劇との出会いはいつでしたか。

大学生の頃でした。当時は札幌にはいなかったのですが、つかこうへいや寺山修司と同世代でしたので、観てエネルギーをもらっていました。

僕は、芝居を観るときは脚本に注目します。脚本家がどういう言葉を使って何を表現したいんだろうということに興味があります。

演劇は毎ステージ完全に同じものはできない、毎回変わります。そういう意味では、言葉を使った格闘技です。演劇の言葉の練り上げ方は魅力的です。

HTBはアジア向けに番組をつくっていますが、演劇の持つグローバル性も強く感じますね。演劇は、スポーツのような、たとえ言葉が通じなくても楽しむことができる力があると思います。

この前札幌座がサハリンで『亀、もしくは…。』を上演したのがその証拠です。

 

参加性の大きいコンテンツ


ー 仰る通り、演劇には他のアートには無いような多くの魅力があります。「まちづくり」ということに着目すると、演劇にはどのような力があると思いますか。

演劇には多くの人が関わるので、公演をするということ自体がまちの活性化につながります。

僕は、ワークショップが大事だと思います。芝居を観て感動するということももちろん大切だけれど、ワークショップに参加して自分もやってみる面白さもあります。

みんながみんな役者にならなくてもいいんです。しかし、ワークショップを通して学べる「表現する力」は生きていく上で非常に重要です。表現のスペシャリストである演劇人が、地域の人々に「表現する力」をアドバイスする。とても良いことだと思います。

成長真っ只中の学生はもちろん、高齢者や乳幼児にもこういった取り組みは効果的です。演劇の、一緒に何かを作るという体験は、コミュニケーション力を高めます。

それぞれ形は違えど、自分を表現したいという思いを持っている人は多いと思います。演劇はそれを引き出す力を持っています。

 

 

演劇を札幌の文化にするためには、演劇作品を観てもらうことも大切だけれど、こういったワークショップを通してもっと身近なものにしていかなくてはいけない。

文化は、強要するものじゃなくて生活の一部です。家具、食事のようなもの。食事を摂るように演劇に触れるように、演劇を文化にするということ。

教養や娯楽としてだけでなく、もっと幅広い力があると思います。

演劇は距離が近いコンテンツです。言い換えれば、参加性の大きいコンテンツです。共鳴、参加しやすい。

人は誰しもつながることを求めている、皆さんが駆使しているSNSもその例です。そういった意味で、演劇のもつ「参加する」ということに関しての可能性は大きいと思います。コミュニティを作る力がある。

 

地方から地域へ


ー HTBは北海道のためのテレビ局であり、札幌演劇シーズンも札幌という地域のためのイベントです。こういった「地域性」に関して、HTBとシーズンのそれぞれの取り組みで共通点などを感じますか。

色々なところで共通していると思います。

HTBの基盤は地域免許なので、「北海道は景気悪いから東京で放送局をやろう」っていうような会社じゃないんです。電力会社やJRと同じです。

地域と向き合うことが必要不可欠です。地域の価値を高めることと、会社の価値を高めることは同じくらい大切です。「参加性」や「身近」であることを大切にして、「広場づくり」をしているのはそのためです(『HTBイチオシ!まつり』など)。

地方ではなく、地域として捉える。東京よりも札幌の市場の方が小さいことは問題ではありません。アジアというコンパスで考えれば、東京も地域、札幌も地域。そういう意味での札幌のポテンシャルは大きいと思いますよ。

そう考えたときに、演劇の持つ「参加性」「地域性」は非常に重要です。芝居は実際に現地に行かないと観ることができませんから、とっても大事な観光資源になります。「札幌に行けば芝居が観られるぞ」ってね。

「食事が美味しい」「景色が綺麗」と同じような役割を持っているのが演劇です。

一方で、「地元だからいいだろ」とお山の大将になってはいけない。地方であることを言い訳にしない。東京や他の地域と競争しつつ、世界に向けて発信できるようなプロフェッショナルを期待します。

 

継続して、伝えていく


ー 現在の札幌演劇シーズンの課題や、これからどのように発展していくべきかを教えてください。

札幌演劇シーズンはショーケースとしての働きもあります。シーズン期間外も演劇を楽しんでいただくための、演劇に触れるきっかけとしての意義もあります。これをもっと意識するべきだと思います。

骨格やプラットフォームはできつつあるし、熱い想いもあると思います。次はもっと伝える努力をしていく必要がありますね。演劇を356日の中の文化にしていくために。

演劇自体に力はあるけれど、それを伝えていくことにもっとエネルギーを注いでいくべきです。

 

ー 演劇ファンのためだけではなく、まち全体を巻き込むような札幌の文化的イベント、ということでしょうか。

そうですね。先ほども言ったように、だからワークショップは大切にしていきたいです。「あそこで会った人、芝居に出ているらしいよ」となれば、繋がりもできますしね。

理想を言うと、食べ物と同じように(食べ物を買うように)、劇場に行って芝居を観るまちになったらいいですね。北海道は冬が長いから、そうなりやすいと思いますよ。

 

ー 札幌演劇シーズンが、雪まつりなどと同じような道外からも愛されるイベントになるにはどうしたらよいと思いますか。

やはり、伝え続けることです。時間をかける必要があります。地道にやっていく。コンテンツの価値を上げつつ、強い意志を持って継続していく。

 

ー 演劇関係者に何か伝えたいことはありますか。

もう大変苦労されているので、私から評論家的に言うようなことはありません。

しかし、やはり意識してほしいのは、自分たちを理解してもらうことにエネルギーを注ぐことです。テレビだって、番組を流してさえいれば観てもらえるなんて思っていない。伝える努力、仕組みを一緒に考えていきたいです。

「自分たちの世界観はすごい」と自己満足的な意識は良くない。価値は観る人が決めるものですから。

ファイターズの選手たちも、オフの日は幼稚園に行ったりして子どもと交流しています。ファンサービスを惜しみなく。それは仕事だからやっているんじゃなくて、自分たちを支えてくれている人は誰なのかを確認する時間でもあるんです。

インターネットで情報を得るような世の中だからこそ、確実にしっかり伝えていかないと情報はすぐに流れて行ってしまいます。心に残っていきませんよ。

 

 

MY BEST BOOK


ー 樋泉さんのおすすめの本を教えてください。

黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』と、須賀敦子さんの全集ですね。

『トットちゃん』は、今も「徹子の部屋」というテレビ番組でも活躍されています黒柳徹子さん自身が主人公で、黒柳さんのキャラクターや魅力に興味がありまして、随分何度も読みました。

彼女の感性や表現力から、多くのことを学びました。彼女もベースに芝居がある人ですし。

須賀敦子さんは、多くのエッセイを執筆しておりますし、イタリア文学者でもあります。こんなに深く考えさせる文章を書く人がいるんだって衝撃を受けましたね。1つ1つの言葉の後ろにあるものの重みというか、厚さというか、そういうものを感じます。

言葉の力、奥深さを実感した本です。

 

 

2017年6月30日 北海道テレビ本社にて

 

あわせて読みたい

札幌演劇シーズンの軌跡と未来・前実行委員長 荻谷氏に聞く