7月1日、2日に、シアターZOO提携公演としてレパートリー作品である「渇いた蜃気楼」で初の札幌公演を行う京都の下鴨車窓。
ワークショップで札幌を訪れた劇作家、演出家の田辺剛さんに、劇団のこと、京都の演劇人から見た札幌の演劇のことなど伺いました。
「下鴨車窓」という化学反応
ー 下鴨車窓について教えてください。
下鴨車窓は、2004年から始めて今年で13年目です。作品ごとにスタッフと出演者を集める、いわゆるプロデュースというかユニットというか、初めから私一人きりの屋号のようなものです。
演劇を創るとき、劇団という決まったメンバーで経験や試行錯誤を積み重ねて、その集団じゃないとできないものを作る ーーー京都だと「ニットキャップシアター」がそうですし、「ヨーロッパ企画」や「地点」もそうですーーー という方法があります。
一方で、それぞれ自分のフィールドで、個人レベルで技を磨いて表現を続けている人たちに集まってもらうという方法もあります。カッコつけた言い方をすると、「見たことのない化学反応」によって、その組み合わせじゃないとできない劇世界が立ち現れる。それを期待して「下鴨車窓」をやっています。
ー 続いて「渇いた蜃気楼」について。
年を取ると一作一作の重みが違うというか、若い頃でももちろん大切に創っていたんですけど、新作を創って週末の何ステかで終わってしまうことにもったいないという感覚がどんどん増してきたんです。若い頃は「あれもこれも」という感覚でやっていたんですけど、だんだんそれも落ち着いてきて、「あれかこれか」っていう選択になってきて、さらに掘り下げたい、と思考が変わってくる。
それをどうしようかってなった時に、レパートリーという形で作品を持っておいて、いろんな地域で上演して回ることにしました。
地元の京都だけでもいいんですけどステージ数には限界があるので、より多くの人に、よりいろんな人に観ていただくというやり方をやっていきたいと考えました。信頼のできる3人の俳優に、一回きりじゃなくてレパートリーとして公演していく趣旨だ、ということを説明した上で創りました。
札幌については以前から気になる町だったし、演劇がすごく盛んだというのは遠いながら情報が入ってきていて、一度、5年前に伺った時に(札幌演劇シーズン2012-夏で上演された「歯並びのきれいな女の子」にアフタートークゲストとして出演。その他、教文演劇フェスティバルなどを見て回った)賑やかな印象があって、この街でどんな風に観てもらえるのか、っていうのは楽しみでした。
初めましての町なので、ある程度しっかりした作品、足腰のちゃんとした作品を持って行きたいなというのもあって機会をうかがっていたんですが、シアターZOOさんが提携公演を募集しているのとスケジュールもろもろも綺麗にあったのでこのタイミングでということになりました。
ー もともとツアーを考えて作った作品ということですが、各地回って作品が変化していったようなことはありますか?
良し悪しあるんですけど、いろんな環境でやるんですよね。広島はすごく広い劇場でしたし、岡山公演はよく演劇もされている場所ですがお寺でした。
いろんな環境で上演することを通じて俳優と作品の繋がり、結びつきも濃くなる。もちろん慣れみたいなことにもなるのでそこは警戒しなくちゃいけないんですけど、まあそういうことはない俳優たちなので。
そもそも3人は経験もあるし最初からグラグラはしてなかったんですけど、初めて行く町もあるので、俳優も鍛えられることもあるだろうし、俳優が鍛えられることで作品が力強くなることもあるだろうし。繰り返し作品を上演することには悪いことはない、っていう感覚があります。
ー 今回、出演されているOFT(大沢めぐみ・藤原大介・高杉征司)の3人はどのような俳優さんですか。
経歴はバラバラなんですが、役に対して、ちゃんと自分のものにすることができる俳優たちです。
役があって自分自身がいて、それらをどういう距離感でコントロールしていくかって、役者にとって問題になると思うんです。登場人物を全部飲み込んでしまうと何か失われるものがある。しかし、彼らは、ちゃんと登場人物と向き合いながら、自分の表現を実現できるような人っていうことかな。
登場人物に振り回されることもなく、自分自身を登場人物に押し付けることもなく、そのバランスが取れた上でかつ演出の言うことも実現できる。バランス感覚とそれを表現できるだけの技術を持った俳優たちだと思っています。
ー そういう信頼があるからこそツアーを一緒に回れるっていうのはありますよね。
そうですね、しょうもないことで喧嘩しないし。揉めたりしないことが大事ですよね(笑)。「またわがままいっとるぜアイツ」みたいになるとやってられないですからね。
そういう意味である種、劇団っぽいところがある。集団としては劇団ではないけど、もはや劇団と言えるような信頼関係があると思っていて、だからこそ4年やってこれたんだと思います。
京都から見た札幌の演劇シーン
ー 札幌の演劇について伺いたいのですが、どのようなイメージをもっていますか?
札幌演劇シーズンの「100人の演劇人が活躍する街をめざして」っていう宣言があるじゃないですか。もちろんすぐに実現できるようなことではないんだけど、それを掲げてやろうとする札幌の街の土壌というか、それはすごく羨ましいなっていうのは思いましたね。札幌で一緒にやってる人間同士で、時に協力したりフェスティバルを一緒にやったりっていう繋がりですよね。
京都の場合は時期にもよるんですが、なかなか会うこともないんですよね。それぞれ活躍をし始めるといろんな地域へ出て行く。公演の稽古は京都市内だけど、公演活動となると他地域へ出て行くので、拡散する感じがあります。それが必ずしも悪いとは思ってないですけど、それに比べるとまとまった印象があるし、そこで試行錯誤しているんだろうな、と。
「ハムプロジェクト」さんや「intro」さんが京都や関西に来た時に拝見したこともあります。札幌は遠いのでしょっちゅう観るような機会はないですけど、ウワサはかねがね、っていうのはずっとありましたね。
ー 何劇団かご覧になっていると思いますが、特徴を感じることはありますか?
比較的お客さんにダイレクトに届けようとする、いわゆるウェルメイドな作品が多いのかなという印象はありますね。幾つか観ただけなので、それで全部を語るのは危ういかなとも思うんですけど、比較的お客さんとしっかり向き合おうとしている作品、誠実な印象があります。素直ですよね。
それに比べると僕の作品は素直さに欠けるところがあって。ある種の親切さみたいなものを避けてるというか、やらないと決めているところがあるので、「座った、さあ見せてくれ、サービスしてくれ」ということでは行き違いが起きるかな、と思っています。その辺がどういうふうに受け入れられるか。
けど、全然ダメっていうことはどこの街へ行ってもなかったので(好き嫌いがあるのは承知の上なんですけど、総スカンみたいなことはなかったので 笑)、届けばいいなとはもちろん思っています。
ー 札幌の「100人の演劇人が活躍する街をめざして」という宣言は、現状、食べていけてないからこそのものですが、京都はどうでしょうか。
まったく事情は一緒だと思います。演劇が職業になるっていうことですよね。そこの事情は京都でも大阪でも変わらないだろうと思いますね。
かといって東京へ行けば食えるかって言ったらそういうことでもないですからね。東京に行けばチャンスは多いけどそれを狙っている人も多い。自分で作っていくっていう発想を持たないとなかなか。仕事が来るの待ってても仕方ない。自営業なので、商店街で八百屋さんやるのと一緒なわけだから、誰かに何かをしてもらうことを期待しててもうまくはいかないと思います。
ー 最後に、札幌のお客さんにひとことお願いします。
この作品は真夏の設定で、暑いし水不足だし湿度が高い、札幌の夏とはだいぶ違う印象の夏を持ってこようと思っていてます。演劇って登場人物のどんなドラマが展開されるかっていうことも大事なんですけど、日常と違う世界がどういう風に立ち現れるのか、そこも大切な要素だと思っています。
違う夏に住む人物たちのドラマが、独特な形で進みます。日常とは違う世界を目の当たりにしていただけたらいいかなと思います。
シアターZOOにて
劇作家、演出家。
1975年生まれ。福岡県福岡市出身。現在は京都市に在住し、創作活動を続けている。
京都大学在学中に演劇を始め、ギリシャ悲劇から三島由紀夫まで東西の古典戯曲 を演出する。大学卒業後は、劇団「t3heater」(1999年結成)を経て2004年からは作品ごとにメンバーを募る創作ユニット「下鴨車窓」を中心に活動を行う。 2005年に『その赤い点は血だ』で第11回劇作家協会新人戯曲賞を受賞。2006年秋より文化庁新進芸術家海外留学制度で韓国・ソウル市に一年間滞在し、劇作家として研修する。2007年に『旅行者』で第14回OMS戯曲賞佳作を受賞。2000年から2014年まで京都の小劇場「アトリエ劇研」(京都市左京区)の劇場スタッフを務め、2008年には同劇場のディレクターに就任して劇場の運営責任者となった。 2014年8月末に任期満了にて同ディレクターを退任するとともに同劇場も退職。そして 2014年10月からは「スペース・イサン」(京都市東山区)のプロデューサーに就任、2016 年12月まで劇場運営に携わる。