弦巻楽団演技講座の10年間の歩みとこれからの10年|弦巻啓太インタビュー

弦巻楽団によるお持ち込み記事です

今年、旗揚げ20周年を迎える弦巻楽団。2013年から通年開講している「演技講座」もスタートから10周年を迎えます。

弦巻楽団演技講座は、年齢・職業・演技経験の垣根を超えて作品づくりに取り組み、本格的な演劇体験ができるプロジェクト。カリキュラムを1学期、2学期、3学期と分け、仕事や学校、家庭と両立しながら演劇創作に取り組むことを目指しています。

今回は、演技講座10周年を記念して、劇団代表・弦巻啓太さんに「演技講座の10年間の歩みとこれからの10年」をインタビューしました。

聞き手 阿部藍子(俳優・企画コーディネーター)

演技講座でやりたいこと

弦巻楽団旗揚げから、演技講座を始めるまで

― 演技講座が始まって10周年。資料によると、最初の年には、もう劇団の本公演に講座生が参加されていることに驚きました(第19回公演『トワイライト』2013年)。演技講座生が劇団の本公演にも出演する、その意図は何だったんでしょうか。

弦巻 『トワイライト』は、当時の劇団員と演技講座生との共同制作で作られた作品でした。

そもそもの弦巻楽団の活動スタンスからお話しすると、弦巻楽団はもともとは劇団員をとらないユニット形式で、「気が向いたときに気が合うメンバーを集めてやっていこう」と相方と共に2003年に旗揚げしました。2006年、第3回公演『死にたいヤツら』で賞をいただいたことをきっかけに、ペースを上げて定期的に公演を行なうことになりました。

そうやって何回か公演を打っていくうちに、少しずつレギュラーメンバーのような人たちができてきました。そこで「彼ら彼女らはもう劇団員って呼んでもいいのでは」と相方と話して、劇団化していったんです。

―もともとはプロ演劇集団を作ろうとしていたというよりも、フィーリングが合い心地よく創作できる人達が集まった趣味性の高い集団という感じだったのですね。

弦巻 そうですね。でも、2010年に集団としての在り方について0ベースで考えたいという想いから、一度弦巻楽団を「解体」しました。その後、数年して「弦巻さんのもとでお芝居をやりたいです」と言ってくれる3名と出会いました。

3人とも演技経験が浅く若い方達だったということもあり、「この3人を責任もって演劇人として育てていく」ことを新しい弦巻楽団では目指してみようかな、と思いました。

そういう意図もあり、2012年頃から若手主体の公演を始めました。ただそれだけをやるわけにはいかない状況もあって、実力ある客演の方々を中心とした公演もありました。そういった流れの中で、演技講座は若い劇団員を育てる場所としての側面も持ってスタートした取り組みだったんです。

演技講座を2013年に始め、劇団員3人にも参加させ講座生と共に演技について学んでいきました。そういった中で劇団員3人・演技講座生3人・客演の役者さん2名で創作した作品が、2013年に上演した『トワイライト』だったんです。

#19『トワイライト』2013年11月、シアターZOO

シェイクスピアに挑戦する理由

― 第3学期の「舞台に立つ」という上演企画では、シェイクスピア作品を多く上演しています。演技経験にばらつきがある市民俳優であえてシェイクスピアに挑戦している理由を教えてください。

弦巻 僕は逆に、経験にばらつきがある人達で取り組むにあたって、きちんとお客さんに観劇料をいただく見応えのある作品を作れるとしたら、「むしろ」シェイクスピアだなと思っています

まずは戯曲のテキストを「読む」ことが一番大事だと思っている部分があるんです。演技経験が少ない方だったとしても。

舞台に立つためのファーストステップとしては、「個人として舞台に自然に立てる」ことより「戯曲をなぞって他人の言葉をしゃべり、行動することによって他者になる」ことから取り組んだ方が良いと思っています。正解か間違いかは別として。そうなるとやっぱりシェイクスピア作品だな、と。松岡和子さん訳だな、と。

もちろん演技には「自分を使う」という要素があります。舞台上に自分自身でいることはとても大事なことです。役柄を纏っていても、内側に流れている自身の感受性を使って演技をしていくことは必要になってきます。

ただ、初めて演劇に取り組む人にその方法を求めるのはハードルが高すぎるのではないかな、と思っています。

高校生や中学生と一緒に演劇を作る仕事もしているのですが、その過程で自分についてを話すことや自分自身を発露させることが得意でない人が多数いることを知りました。そういった「自分のこと」や「自分の言葉で」となると口を閉ざしてしまう人も「役としての言葉(セリフ)」なら怖がらずにしゃべれる。演劇のファーストステップとしてはソレでいいんじゃないかな、と思っています。そういう経験を経て、徐々に「自分を使ってみる」勇気が湧いてくれば何よりだと僕は思っています。

僕の演出法や指導法は「この並び順でこういう言葉を使用している」「この主語と述語を使っている」「この語尾を使っている」というテキスト上に書かれている言葉を正確にしゃべることによって、その登場人物を纏うところからスタートしています。

あと、日本語で書かれた戯曲のように僕らの生活圏に近い戯曲をやると、自分を投影しやすい役柄が当たった人がラッキーということにもつながるので、受講者全員にとって同じくらいの距離がある戯曲の方がいいというのもシェイクスピア作品を選んでいる理由の1つですね。

シェイクスピア作品のセリフを見つめながら、「これは一体どういうことなのだろう?」と全員で悩める位置にあるのがとても良いですね。

10年間の歴史と「ネクストステップ」

参加者が増えていく中で感じる課題

― この10年間の演技講座の歴史の中で、特に印象深かった作品はありますか?

弦巻 うーーん。難しいですね。どれも思い入れがある。

2017年の2学期に『リチャード三世』に取り組んだのですが、これは少し時期尚早だったかなと思います。でも一方で、そのタイミングで『リチャード三世』にチャレンジしていたからこそ、3学期にシェイクスピアの四大悲劇の1つである『ハムレット』に挑戦できたのではないかなとも思っています。

2017年はグッと参加者が増え、一度も演技をしたことがない受講生が多い状況で『リチャード三世』を上演したということもあり、演出家として反省も多く残る公演ではありましたが、それぞれの受講生の成長にはつながったという意味では挑戦してみてよかったと思います。

この2017年から長期的に演技講座に参加してくれる人も多くなっていきましたね。

上演映像『ハムレット』2018年3月、シアターZOO

― そうなのですね。演技講座に長期的に参加している方は自分の人生プランの中に演劇を取り込んでいるのが面白いですよね。私生活が忙しい時はおやすみしたり、ちょっと時間に余裕ができたからまた参加してみたり。通年じゃなくても学期ごとに参加の有無を選択できたり。こういった長期的に参加できる仕組みは自然発生的に生まれたものなのですか?

弦巻 最初から完全にスケジュールを確保できる人じゃないと参加は認めない、といった企画にはしなくなかったので、現在のような参加の仕組みになっています。週1回だとしても、継続して通年で通うことはなかなか難しい方もいらっしゃいます。こういった事実に対して、僕が歳を重ねていく中で理解を深めていったことも、現在の仕組みに大きくつながっていると思います。

ただ、本人が戻ってきたい時にいつでも戻ってこれるというわけでもないんです。演技講座には定員を設けているので、満員の場合は1学期から受講してくれている人を優先しています。個人の気持ちとしてはいつでもウェルカムと言いたいんですけどね。

長期的に参加してくれる方が多くなった分、悩みもありますね。

演技講座でしか演技をしたことがない人の中にも、5年通っている人と1年通っている人との間でキャリアの差のようなものができてしまったり、長期間通ってくれている人に対しては最初の1学期では毎年ほぼ同じ講座内容を提供することになってしまっていたり。「飽きちゃったりしないかな…」と僕の方がドキドキしちゃうっていうことはあります。この2つの問題をどう解決するのかが今後の課題ですね。

これからの10年間

― この先もう5年、10年と演技講座を続けていくビジョンはどういう風にお持ちですか?

弦巻 コロナの時もそうだったんですけど、「辞める」って選択肢がなくて。常にやりたい事とかやらないといけない事をやっていったら10年続いちゃったという感覚に近いので、具体的な5年後10年後のビジョンははっきりとは見えていません。

ただ課題意識はあって、先ほどお話したような演技講座に長く通ってくれている人達に向けて「ネクストステップ」のようなものを弦巻楽団演技講座で提供したいですし、演技の技術的な部分を段階的に体系立てたカリキュラムのようなものをしっかりと作った方がいいのかなと思うこともあります。ただ、あまりにがっちりとしたカリキュラムを作ってしまうと、「気軽に参加できる」という演技講座の良いところがなくなってしまうので、そこは両立したいですね。

僕は、講座生が僕の想定以上に長期的に通ってくれている理由は、「僕の演出を受けたい」とか「いつか本公演に出たい」よりも、「一緒に創作する仲間に恵まれていたから」だと思っているんです。それは、演技講座で創作の空気づくりをしてくれている劇団員の相馬日奈・木村愛香音・柳田裕美の3人の功績が特に大きいと思っています。

この3人がいることで、自然とものづくりをする空気になることが多くて。僕が無理矢理に火をつけて創作させようとしても、それは一過性のもので継続的な創作をする空気にはならない。演劇という化学変化には触媒のようなものが必要で、それを3人が担ってくれているんですよね。

そういう良い環境だったから長期的に受講し続けたり、今は創作から離れていても稽古場に遊びに来てくれる方がいると思っています。今後もそういう環境づくりを大切にしていきたいですね。

― ありがとうございます。本日のお話を聞いていて、全員で作品をつくる・限られた人に向けた演劇じゃないというのが弦巻楽団演技講座なのかなと感じたのですが、そのテーマを体現していたのが2018年3学期に上演された「わたしたちの街の『ジュリアス・シーザー』」だったように思います。この企画はどうやってはじまったのですか?

弦巻 そもそもの始まりは、SCARTSがオープンするときに企画を公募していることを知ったことが始まりでした。

僕はかねがね演劇は街の中でオープンに観られるべきだと思っていて、チカホ(地下歩行空間)が出来た時にも稽古場として開放してくれないかと提案してみたりしていたのですが、なかなか機会に恵まれず実現に至っていませんでした。

SCARTSがまだ影も形もない時に応募して、建物が出来上がったら内見をして、担当者の方から「ある程度オープンなスペースとしてやってもいい」という了承をもらった上で、公演を採択いただきました。オープンな場所でシェイクスピアをやることは夢の一つだったので、採択いただいたことはとても嬉しかったです。

そこからSCARTSの隣にある図書館が公演のキャンペーンを実施してくださったり、同施設内のカフェのオーナーが芸術の造詣に深かったということもあり観客席の設営をお手伝いしていただいたり、僕が尊敬するアーティストの方に舞台美術をお願いしたり、一般の歩行者の方々がオープンスペースで実施していた小道具制作に興味を示してくれて一緒に小道具制作などに取り組んでくださったり、創作の過程でいろんな人が関わってくださり実現した公演でした。

#32「わたしたちの街の『ジュリアス・シーザー』」(公開稽古の模様)2019年3月、SCARTSコート

たしかに思い返してみると、「街に開かれていく」という意味では、一番自分のやりたい演劇の形ができた企画かもしれません。今後の活動について具体的なビジョンみたいなものは定まっていなかったのですが、こういう企画をまた演技講座で行なっていきたいですね。

あと「かねがね」繋がりでいうと、過去に演技講座で上演したシェイクスピア作品で札幌演劇シーズンにエントリーしたいと長年思っています。それはどちらかというと「これこそ演劇シーズンで上演するべきだ」くらいにまで思っています(笑)。まだ応募したことがないので、今後本当にチャレンジしてみようかなと思います。

ただ札幌演劇シーズンに応募するとなると「その時に集まった人と創作する」という講座の趣旨からズレてしまいそうなので、それこそ弦巻楽団演技講座のネクストステップとしてやってみようかな。

― ネクストステップとても楽しみにしています。本日はインタビューのお時間をとっていただき、ありがとうございました。

弦巻 こちらこそありがとうございました!

編集後記

少しの時間でしたが、延べ200人以上が関わってきた弦巻楽団演技講座が10年続いた理由を垣間見ることができました。「今」を大切にし続けて10年続いてきた演技講座。そのネクストステップも勿論のこと、2023年3月25・26日にシアターZOOで行われる次回公演『ヴェニスの商人』にも是非ご注目ください。

インタビュー・編集をしました私・阿部藍子も出演いたしますので、是非劇場にお運びいただけますと幸いです!!

聞き手 阿部藍子/俳優・企画コーディネーター

関東在住時に弦巻楽団のシェイクスピア作品に興味を持ち、昨年7月に札幌に移り住んだタイミングで弦巻楽団演技講座に受講生として参加。

弦巻楽団演技講座「舞台に立つ」
『ヴェニスの商人』

「世の人々は、いつも虚飾に欺かれる。」

年齢・職業・演劇経験の垣根を超えて作品創作に取り組み、本格的な演劇体験ができることに定評のある弦巻楽団演技講座。今年の発表公演はシェイクスピアの問題作を上演!