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「札幌劇場祭TGR」について考える|議論は今後の成長につながるか

2018年5月30日に公開された「客席の迷想録 北海道ステージウォッチング」(北海道マガジン「カイ」内のコーナー、筆者は岩﨑真紀)の記事に、札幌劇場祭 Theater Go Round(以下、TGR)に対するコメントが掲載されています。

議論の発端は、TGR2017の講評を受けた作演家によるSNSでの投稿であり、TGRの在り方やコンセプトについて問い直す機会になりました。

この記事では、これまでの議論の模様を紹介することで、今一度TGR、また札幌演劇について考え直すきっかけを作ることを目的としています。

MEMO
この記事では、「客席の迷想録 北海道ステージウォッチング」に掲載された記事
をそれぞれ「vol.14」「vol.15」と呼びます。

TGR2017で何が起きたか

きっかけは、昨年のTGR2017の公式サイトに掲載された作品講評を読んだ作演家によるSNSの投稿です。

TGRとは何か

公式サイトによると、TGRとは「市内10劇場が参加し、演劇、お笑い、人形劇など、これぞと思う作品を上演し企画を競い合う、劇場の祭典」です。劇場が自信のある公演・企画を上演し、一般で公募した審査員により評価され、優れた舞台には賞が与えられます。

優れた舞台を上演したカンパニーには、賞金20万円と翌年再演の場合の制作費30万円、翌年の札幌劇場祭参加権(会場費無料)が授与されます。これは札幌で行われる他の演劇フェスティバルに比べはるかに高価な賞品といえるでしょう。


ちなみに、「教文短編演劇祭」の賞品は、齊藤委員長の手作りチャンピオンベルト、次年度の短編演劇祭へのチャンピオンとして出場権に加え、以下の特典から1つを選ぶことができます。

  • 教文小ホールでの自主企画上演権 ※ 平日3日間を上限とする。
  • 稽古場として使用可能な教文施設(リハーサル室・研修室等)10日間貸与権

(その他の選択制特典は、後日追加予定)

2017年より審査方法を変更

TGR大賞の選考・発表は、2016年までは事前審査(非公開)で大賞候補5作品を選び、翌日の公開審査会で討論をした後、投票で大賞を決定していました。公開審査会では大賞選考の前に全作品の1分講評があり、参加者は自身の作品についてどのような意見があったのかを聞くことができました。

2017年より公開審査会は廃止され、事前審査会での話し合いで決定した大賞と各賞を、授賞式で発表。審査でどのような意見があったのかを知りたい人は、授賞式終了後に行われる交流会に参加し、個別に審査員に話しかけて聞くことになりました。また、作品の講評は後日公式サイトに掲載されました。

審査方法の変更理由については明らかになっていませんが、「vol.14」によると、2016年に審査委員長をつとめた岩﨑さんが「主催者はTGRの定義と審査員の立場を明確にすることで、いわれのない批判からは審査員を守るべきではないか」と申し入れたことがきっかけとあります。

審査員への主催者の対応が問われる

公式サイトに掲載された講評を読んだ作演家のひとりが、これについてSNSで次のようにコメントしています(文章は、「vol.14」より引用)。

「表彰式で講評をせず、サイト(※引用注 公式HP)でも自分の気に入ったものしか感想(講評ではなく感想)を書いてなくて、これで審査員は責任を果たしたと言えるのか。これでは何のためにみせたのか分からない。」

 

「結果を目指してとてつもない労力を注いだ作品をあんな稚拙な講評でまとめられては全く報われない。
『審査なんてそういうもの』とか、『審査員が素人だから』とかこちらが冷めてしまってはイベント自体が意味のないものになってしまうし、それが全体の質を下げてしまう一端になりかねない。こちらが意見を言うことで今後の審査員のなり手に支障がでるようなら、そんな審査方法ごと変えてしまえばいい。
全員を納得させようとはしなくてもいいと思うが、せめて責任を果たしたと思わせてほしい。」

 

この投稿が主張しているのは、主に3つです。

  1. 公式サイトで掲載された講評が審査員が、気に入ったものしか書かれていないこと。
  2. 労力を注いだ作品に対する講評が稚拙であるということ。
  3. 『審査員が素人だから』と演劇人が冷めてしまってはイベント自体が意味のないものになってしまうため、もし演劇人の意見により今後の審査員に支障がでるようなら、審査方法ごと変えるべき。

 

大賞を審査し講評を書いたのは評論家ではなく、一般公募を含めた7名。公式サイトの講評は、審査委員長以外の審査員は「書きたいことがある人は書いてもいい」と言われていました。このような審査や講評に関する変更の詳細が、公式サイト等で明らかになっておらず、参加劇団側にも周知されていませんでした。

「vol.14」からは、TGRを主催する劇場連絡会は、批判された審査員を擁護するような対応をしなかったように読めます。

岩﨑さんは、劇場連絡会による審査・講評方法の変更・決定にしたがった審査員が批判されてしまったことに対して、劇場連絡会の対応が不十分である、と主張しているようです。

以上が、TGRの在り方を議論することになったことの発端です。

素人と玄人、審査観点の違い

MEMO
この記事で用いる「素人」・「玄人」という言葉は、演劇作品を評価する審査員の経験(キャリア)や姿勢(視点)の違いを表す語であり、悪意は含んでおりません。

先述のように、TGRの審査員は一般公募しており、劇評家や演出家・劇作家ではありません。2017年の審査員は、劇場連絡会や演劇創造都市札幌プロジェクトの方々、会社員や図書館職員、舞台制作会社、テレビ局などに勤めている方々もいらっしゃいます。審査員の応募条件は、劇場・劇団関係者以外の芸術文化に興味のある方。観劇経験は問いません。

演劇審査の玄人でなくても、審査に参加することができ、どのカンパニーに賞金20万円を与えるかを選ぶ権利を得ています。

一方、公益財団法人北海道文化財団が主催する「北海道戯曲賞」の審査員は、全国規模で活躍する劇作家・演出家の5名。講評は公式サイトに掲載しており、辛口コメントも見られます。この5名は、とても素人とは言えない方々です。

素人と玄人、両者の審査観点に違いはあるのでしょうか。やはり名の有る玄人に審査してもらう方が良いのでしょうか。

審査の役割が異なる

このことについて、福岡で演劇プロデュース活動をされる高崎大志さんは、自身のブログ記事『演劇の評価について、素人と玄人の評価は明らかに異なるし役割も違う。』で、両者の審査は特性が違うため、役割が異なると述べています。

上演作品から演出家の技量を評価するのと、戯曲の評価をするのとでは、後者の方が素人と玄人の差がはっきりでるといいます。

しかし、劇評家の中には、作品全体よりも特定の一部分に特化した劇評をしてしまう場合があり、素人の方が作品をそのまま受容して、好意的に評価することを得意としている傾向にあります。

どっちが役に立っているのかはよくわからない。

役割が違うんだろうと思う。

その役割がうまくフィットしなかったり、誤解されていたりしたら、うまくいかないこともあるのかもしれない。

 

PINstage高崎大志の「さくてきブログ2」より

ならば、TGRにはどちらの審査観点が適しているのかを考える必要があります。なぜ、TGRはこのような審査方法を採用したのでしょうか。

それは、TGRの構想や願いに由来しています。

TGRが願うこと

TGRは2005年にはじまり、これまで数々の優れた作品が生まれる場となりました。TGRで高い評価を得た作品が、のちに札幌演劇シーズンで上演されることも少なくなく、現在は、札幌演劇シーズンに参加するためにはまずTGR、という流れも生み出されています。

TGRが一般公募の審査員を採用する理由

TGR2017の公式サイトに掲載されている、当時の劇場連絡会会長の藤村智子さんが、「ごあいさつ」の中で「劇場と劇団と観客の皆様とで創り上げて来たTGR札幌劇場祭は、常に札幌の演劇シーンをリードしていく存在でありたい」と綴っています。

また、サイト内には「TGRは見本市機能を持った舞台芸術祭を目指しています。ここで評価されると、その団体の評判が高まり、お客様が増えたり、上演したいという方々が現れるようにしたい」ともあり、札幌の名作舞台芸術が生まれる場としての働きを担っています。

このことから、TGRにおける「賞」とは、演劇作品のクオリティが優れているかどうかより、札幌のお客様が面白いと思うかどうかにあると読めます。玄人が作品の奥深さ、構成の巧みさ、舞台芸術における真新しさを劇評・解説するのではなく、素人がどこが面白く楽しかったか、なぜこのカンパニーに賞を授与したいかを考える、という意味です。

そのため、TGRは一般公募の審査員を採用し、観客賞も設けているのではないでしょうか。

賞レースと見本市の両立は可能か

しかし、賞レースと見本市のどちらの役割も果たすことに関して、SNSではこのようなコメントもあります。

見本市だとしたらなんでそれを賞レースにするのかもわからない。賞レースだったら評価軸をもっと増やして賞自体も増やして価値づけをもっといろんな形でやればいいのにホームラン王とかもらっても1ミリも価値ある匂いがしない名前の賞でどうしろと。

「賞レースによる価値付」「見本市」「まつりによる活況」と多くの狙いを持って始まったのがTGRなのかもしれない。ただそれをすべて担えるほどの体力はないのではないだろうか。運営してるの箱の人たちだろうから時間ないだろうし。

賞レースとしての役割を果たすためには、その賞にしっかりとした責任を持つ必要がありますし、参加団体も受賞を目指した作品を上演します。

一方、見本市は本来賞を目的としていないため、企画を練って多少実験的なこともできます。劇団が自分たちの引き出しをお客さんに披露する場としての働きを持つこととなります。作品の魅力や改善点を、お客さん(審査員を含めた)の反応を見て、これからの活動の参考にしていくようになります。

主催者、審査員、参加劇場・劇団がTGRに何を期待しているのかを相互確認をしないと、TGRというイベントそのもののコンセプトが揺らいでしまいます。これまでたくさんの名作を生んできた素晴らしいイベントだからこそ、今後のTGRの目指すべき役割について考えるべきかもしれません。

批判・議論を重ねてこそ成長する

岩﨑さんのTwitterの投稿に次のようなものがあります。

私の元に遠くから届いた声の一つに、「そのような問題が起こるのは、札幌の演劇シーンが進んでいるということ。他の地方では問題が起こるところに至っていない」「札幌の演劇シーンを前進させるために必要な一石だったのではないか」というものがあった。 そうであってほしいと心から願っている。

これまでにはなかった問題が浮かび上がるということは、次なる発展に向けた「批判」があったからであり、そこから「議論」が生まれ、成長していくことができます。

「批判」を非難や攻撃にせず(批判を与える者も受ける者も)、ひとつのアイデアとしてしっかりと受け止め、札幌演劇が今後も発展していくことを願います。


この記事が、これからのTGRや札幌演劇環境について考えるきっかけになれれば嬉しく思います。

d-SAPは、札幌演劇の可能性や面白さを多くの人に知ってほしい!という想いでこれからも活動してまいります。

 

  • 岩﨑真紀(2018.5.30)『vol.14 書けなかったTGR2017の総括 ~明日のために植える林檎-1』客席の迷想録 北海道ステージウォッチング(北海道マガジン「カイ」内コーナー) http://kai-hokkaido.com/stage014/
  • 岩﨑真紀(2018.6.6)『vol.15 TGR審査考 ~明日のために植える林檎-2』客席の迷想録 北海道ステージウォッチング(北海道マガジン「カイ」内コーナー) http://kai-hokkaido.com/stage015/
  • 「TGR2017 札幌劇場祭」さっぽろアートステージ2017 http://www.s-artstage.com/2017/tgr
  • 高崎大志(2018.6.8)『演劇の評価について、素人と玄人の評価は明らかに異なるし役割も違う。』PINstage高崎大志の「さくてきブログ2」 https://sakuteki.exblog.jp/26880204/
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